月の熱進化史を解明する上で、月が初期に経験する膨張の時代や規模の制約は必要不可欠である。この初期膨張の際に貫入岩体が形成されると考えられ、その存在を示唆する線状重力異常が月で見つかっている。本研究ではこの線状重力異常の貫入岩体の組成や年代、その直上に存在する谷状地形から月の膨張史について示唆を与えた。主に(1)線状重力異常直上に存在するクレーターによる掘削物質解析からの貫入岩体の組成・年代推定、(2)地形変形計算を用いた線状重力異常直上の谷地形形成プロセス理解に向けた検討を行った。
(1)については、2つの巨大衝突クレーターRowland・Rocheと線状重力異常の層序関係の推定と掘削物質の露頭探索・岩体の組成推定を行ってきた。衝突数値計算コードiSALEを用い、両クレーター内部の重力値の数値計算とデータの比較を行い、貫入岩体の掘削の有無の検討を行っている。また、周囲の地質のスペクトル解析を組み合わせることで、掘削された貫入岩体がチタン含有量の低い岩体である可能性を示した。以上は月の膨張時の内部状態理解に向けた時間的・化学組成的制約となりうるものである。
(2)については、地溝形成要因としてリソスフィアのたわみと膨張の2つの可能性について検討した。前者は、貫入岩体の質量異常によりリソスフィアがたわむ現象である。数値計算の結果、膨張当時のリソスフィア厚さが熱史モデルからの推定値よりも低い必要があり、更に重力方向の地形とも適合しないことが示された。後者については、膨張に起因する引張応力での谷地形形成を数値計算し、均質な地殻モデルを用いた場合、従来の熱進化モデルから推定される膨張度では谷地形の再現が困難であった。従来推定以上の膨張度もしくは地殻の不均質性が重要である可能性が示され、太古の月膨張時の地殻構造理解に向けた布石となる。
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