本研究は,保存活動と経済活動の競合関係に着目し,活動主体の最適な意思決定に関する数理的分析を通して,活用を前提とした合理的な保存戦略,つまり数理的特徴に基づく知見を得ることを目的とする.そのために,「A:保存活動により生じる経済性に基づく所有者単一の意思決定」,「B:保存活動により生じる経済性に基づく複数主体の意思決定」,「C:合理的な保存戦略の提示」の3つの着眼点を設定しているが,本年度では主にCに取り組んだ. Cにおいては,複数主体が競合関係に陥る状況に焦点を当て,歴史的建築物の保存の是非に関する意思決定を数理的に分析することで,合理的な保存戦略の実現に向けた数理的特徴に基づくこれまでに得た知見の考察を行った.建築保存取り巻くシチュエーションについて数理的手法を用いて得られた知見は,関係主体のふるまいが典型的なのかそれとも例外的なのかを示すのに有用である.よって,より効果的な施策を考案する一助になると考える.また,建築保存における経済活動と保存活動の競合について建築物の不動産的側・文化財的側面の両側面から数理的アプローチを行うことで,その体系的な特性を把握し可視化した点は,本研究の工学的な貢献として最も重要なものである.特に,建築保存に関わる主体にとって言語化困難であった経験を,誰が見ても同じ結論となるよう数理的手法を用いて可視化したことは,建築保存における合理的な意思決定を実現するにあたって特筆すべき成果である.
|