本研究では、がん抑制蛋白質PRELPの多重特異的相互作用の分子機構とそれに基づく腫瘍抑制メカニズムを明らかにし、PRELPの多重特異性を応用した新規抗がん治療薬の設計戦略を提案することを目的として研究を実施した。前年度までにPRELPの多重特異的な標的結合を介して細胞接着分子の発現が変動し、がん細胞の増殖が抑制されることが示唆されている。さらに本年度においてはPRELPによるシグナル伝達制御の解析を実施し、組換えPRELP蛋白質をA549肺癌細胞へ添加することによって、がん細胞の増殖に関わるAktのリン酸化が抑制されることが明らかとなった。 また、前年度に得られた知見を踏まえて、野生型とは異なる多重特異性を示すPRELP変異体の設計を実施した。前年度において、PRELPがTGFβ1、IGFI-R、p75NTRに対してロイシンリッチリピート(LRR)ドメイン内の異なる領域を介して結合することが示唆されている。本年度においては、まずPRELPのモデリング構造を用いたSpatial Aggregation Propensity(SAP)計算を行うことでLRRドメインに疎水性領域が存在していることが明らかとなった。その疎水性領域が一部の標的蛋白質との相互作用界面の形成に寄与していると予測し、SAP計算における疎水性スコアが高いアミノ酸残基に対して、Rosettaソフトウェアを用いて構造安定性を損なわないような変異を導入した複数のコンストラクトを設計した。これらの変異体に関して組換え蛋白質を発現・精製して表面プラズモン共鳴法による各標的蛋白質との相互作用解析を行ったところ、TGFβ1に対する親和性が大きく低下する一方でIGFI-Rとp75NTRに対する親和性は野生型と同等であるPRELP変異体の取得に成功し、多重特異性の制御に基づく分子設計戦略の提案へと繋がる結果が得られた。
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