今年度は昨年度策定した研究方針を踏まえ、国際法上の個人責任が第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判以前において原理的に例外的な性格を持つとする通説的な理解の妥当性を検証した。 具体的には、まず通説の形成過程をたどり、個人責任を例外視する理解が、第二次世界大戦以前においては個人が国際法の権利義務主体ではなく、従って国際法上の個人責任概念そのものが論理的に成立しえなかったという前提に依拠していることを明らかにした。 また、通説の理解は第二次世界大戦後に人道法や国際人権法が発展する過程で、国際刑事法史が現代の国際刑事裁判所設立という「終着点」に至る道のりとして理解され、初の国際刑事法廷である第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判の「革新性」と、それとの対比で戦間期・第一次世界大戦以前の国際法の「後進性」が強調された結果、この立場が戦間期以前の時期に通説的であったという理解が強まったことも明らかになった。 続いて、戦間期及び第一次世界大戦以前の学説や国際犯罪取締条約の起草過程を検討し、通説のこのような前提理解が妥当かを検証した。その結果、当時問題となっていたのは適用法が未整備のため「国際犯罪」を特定できない、あるいは各国の管轄権を具体的にどのように調整するかが定まらないという問題であって、個人が国際法上権利義務主体ではないことを根拠に個人責任概念そのものを否定する立場は、戦間期や第一次世界大戦以前においても観念的で克服すべき対象として取り上げられるにとどまり、当時でも観念的に過ぎるという批判が強かったことが明らかになった。このことは通説の前提理解が妥当ではないことを示すものと考えられる。 以上の研究内容については丁寧な実証が求められるため、論文執筆を通じて論証の精緻化を進めているところである。
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