研究課題/領域番号 |
22KJ1115
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配分区分 | 基金 |
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
上原 悠太郎 東京大学, 工学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2023-03-08 – 2025-03-31
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キーワード | 細菌再増殖 / 増殖基質 / 溶存有機物 / 浄水処理 / 水道水 / 精密質量分析 / ノンターゲット分析 / 緑膿菌 |
研究実績の概要 |
申請時の計画では増殖挙動の観察が容易な大腸菌および都市河川水の組み合わせ対象として基質の特定と基質除去による再増殖抑制の実証実験を行う予定だった。しかし、本研究で提案する概念が最も求められているのは上水道分野であること、大腸菌を用いた実験は昨年度までで一定の成果が得られたことから、緑膿菌と水道水を対象に切り替えて実験を実施した。 滅菌処理を施し残留塩素を揮散させた水道水中で緑膿菌を培養した結果、無機培地内で培養した場合と比較し有意な増殖が確認された。緑膿菌は水道水中の溶存有機物を基質として用いて増殖できることが示された。この時消費された有機炭素量は50~100μgC/Lだった。 培養後試料は固相抽出による有機物抽出後、溶存有機物のノンターゲット分析を行った。緑膿菌を植種した試料としていない試料のマススペクトルを比較し、植種した系で検出強度が有意に小さいピーク成分を基質候補としてスクリーニングした。基質候補に対して、ハイブリッドMS/MS分析による構造推定とコクロマトグラフィーを行った結果、サリチル酸と直鎖ジカルボン酸4種の構造が同定された。ジカルボン酸は緑膿菌が唯一の炭素源として利用可能な物質であることが確認された。各物質の水道水中濃度は約1μg/Lだった。 次に浄水場にて各浄水工程水中の有機物をノンターゲット分析し、浄水処理における基質の消長を評価した。水道水原水から浄水まで全工程水で検出され現行の浄水処理によって完全に除去できていない物質、および配水過程において新たに生成されたと推定された物質で本研究で検出された基質候補の約半分を占めた。また、消毒副生成物として発生した有機物の一部は基質として利用されうることが分かった。 精密質量分析によって細菌増殖基質の同定と由来の推定が網羅的かつ分子レベルで実施できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2023年度の研究では、高速液体クロマトグラフ-高分解能精密質量分析計(LC-MS)を用いたノンターゲット分析によって、水道水中に存在する緑膿菌増殖基質の候補を多数スクリーニングし、これらが浄水処理においてどのような消長をとっているか挙動を分析した。 今年度は未知の細菌増殖基質を水道水試料から複数同定したほか、基質候補の多くは水道水原水中に存在し現行の浄水処理によって除去できていない物質、もしくは配水過程において新たに生成された物質であると推定された。来年度に細菌増殖基質の由来をより詳細に特定し、浄水手法の改良および配水過程における水質劣化の低減が提案できれば、本研究の最終的な目標である有機物制御による持続的な細菌増殖抑制実証が達成できると期待される。研究そのものについては順調な進展をみせており、また、学会発表は国内外で複数回行っており十分な外部レビューをもたっているが、査読付き学術論文の受理にまでは至っていないため(2)おおむね順調に進展している。とした。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終的な目標は有機物制御による持続的な細菌増殖抑制が実現可能か検証することである。現在までの研究により精密質量分析を用いた分子レベルでの細菌増殖基質の同定と由来の推定が実施できた。次の段階として、これらの分析結果を元に浄水処理の改善を行い、水道水中に含まれる基質として利用される有機物の存在量削減を目指す。例えば、ある基質が塩素注入処理によって意図せず生成されている場合、用いる消毒剤の種類や添加量を変更することによって基質の生成低減が期待できる。ただし、浄水処理手法の変更によって、水道水質基準を満たさなくなることや有害な消毒副生成物が新たに発生すること、浄水場の設備改良工事に莫大な費用がかかることは避けねばならない。これら条件を満足しつつ、基質の生成を抑制できる浄水処理手法やパラメータの設定を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2023年度末までの研究進捗の目標として、2024年度実施予定の「基質除去による再増殖抑制実証」のための分析機器、機材の検討や購入を行うことを設定しており、機材代の予算を計上していた。しかし、機材購入の決定に至るまで検討が十分に進まなかったことや、機材を急いで購入した結果翌年度に再度類似の機材を購入することを回避するために、無理に今年度使用額を使うのではなく基金として翌年度に繰り越すことにした。 また、分析に要する試薬の発注先の見直しや学会にかかる渡航費滞在費の削減など研究に関する諸経費の費用削減を図ったことから次年度使用額が生じた。2024年度に参加予定の国際学会の渡航費が想定以上に高くなる見通しがあるため助成金の次年度使用制度を活用を希望するものである。
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