研究課題/領域番号 |
22J12760
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
奧村 文音 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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キーワード | フレーブニコフ / マチューシン / 有機的文化 / ロシア・アヴァンギャルド |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、ロシアアヴァンギャルドにおける「有機的潮流」という文脈のなかでの詩人フレーブニコフの立ち位置を明らかにし、その詩学を再検討することである。 「有機的潮流」という概念そのものが、ロシア・アヴァンギャルド研究においていまだマイナーな領域であり、かつ「有機的潮流」についてこれまで本格的に論じられてきたのは、主にマチューシンを中心とした美術の分野のみであった。しかし、「有機的潮流」が、フレーブニコフの詩学および19世紀以来のロシア・コスミズム等と共鳴する部分を有していることは明らかであり、一つ一つの事例の分析に基づいて、この流れの内部構造を解き明かす作業が待たれるところである。そこで本研究は、なかでもフレーブニコフのテクスト分析に重点を置き、文学における「有機的潮流」の在り方を探る。
また当時の芸術全体を正確に見渡すべく、フレーブニコフの作品分析と並行して、比較的研究が進みつつある美術分野における「有機的潮流」についても調査を進める。特に、その中心的人物であるマチューシンの芸術理論や、マチューシンの弟子たちの記述、その他この潮流と関係を持つ芸術家・思想家の記述も丹念に調べたうえで、フレーブニコフの位置づけを試みる。
これらを通じ、これまで主に美術以外の分野についてあまり本格的に研究されてこなかった「有機的潮流」が、文学においてどのように現れたのか、またジャンルを超えた共通する指向が見いだされるのか、さらにいわゆるアヴァンギャルドの時代の終焉後、「有機的潮流」はどのようなアクチュアリティを持ちえたのかといったことを明らかにする。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度はまずフレーブニコフの初期の詩作品や論考を中心に分析を進めた。まず、彼の鳥類研究に関わる記述が、後々どのように文学作品の中に受け継がれているのか考察を行った。たとえばある鳥の種のロシアにおける分布についてフレーブニコフがまとめた論考からは、明らかに後の「東」と「西」、あるいはその「混血」に関する問題意識の萌芽がみられる。また生物種についての記述を追っていくと、それが単なる自然科学上の問題として帰結するのではなく、生き物のように自律的で流動性をもったフレーブニコフの詩的言語にも通じていることがわかった。同時に、フレーブニコフと親しい関係にあり、その思想にも共鳴していた芸術家ミトゥーリチについても、やはり生物学に関わる部分を足掛かりとして調査を進めている。さらに、ロシアに限らず19世紀末~20世紀末にみられた、自然科学と人文学の融合を目指したような動きについても目配せをするよう心掛け、「有機的潮流」の研究を進めるための土台固めをすることができた。
情勢により、予定していたウクライナへの渡航ができなくなったため、今年度は基本的に国内での文献収集とテクスト分析に注力した。特に、ロシア・コスミズムに関わる諸思想潮流についての調査が進み、ヴェルナツキーやフロレンスキーといった思想家の著作の精読も進めているところである。いわゆるアヴァンギャルドの周辺だけでなく、19世紀からのこうした流れの中でどのように「有機的文化」をとらえていくか、という点を視野に入れつつ、次年度につなげたい。
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今後の研究の推進方策 |
今後はまず、フレーブニコフにおける自然科学と詩学の結合という部分に引き続き取り組み、論文にまとめる。フレーブニコフがごく若い時に論考の中で提唱した“メタビオース(=異生物種同士が、時間的隔たりをもって同空間を共有する)”の考え方は、生物学的な範疇を超え、人類史、作品の構造などにまで敷衍されていく。このように、ごく小さな自然現象から宇宙そのものへ、さらに詩的想像力へと広がりを見せる傾向は、フレーブニコフの晩年の友人P.ミトゥーリチにも見出される。ミトゥーリチとの比較をふまえつつ、「有機的文化」に特徴的な、自然現象の延長としての芸術という考え方についてまとめる。 つづいて、フレーブニコフの詩学における、広い意味での対称性・つり合いへの志向について分析を進める。フレーブニコフはしばしば原始主義者と評されるが、それは単にプリミティヴな形式を好み模倣したというよりは、もっと根源的な、倫理的な部分に関わっており、フレーブニコフが作品のなかで古代の儀式や神話を扱っているのも、この人間世界と非人間世界の釣り合いという思想に基づくと考えられる。こうしたモチーフを抽出し分析を行いつつ、さらに一方向的な因果論に基づくのではなく、あらゆるものが対等な立場から互いに影響しあいつつ、一瞬ごとに変化を続けているような状態のモデルとしての、フレーブニコフ流の“四次元”についても明らかにする。 研究上の問題点として懸念されるのは、ウクライナでの戦争の終結の兆しが見えず、ロシアやウクライナへの渡航ができない、あるいは渡航はできても十分な活動ができない可能性があるという点である。もしもそうなった場合も、海外の研究者とのコンタクトは取り続け、また電子アーカイブなどを最大限活用し資料を確保できるよう努めたい。
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