研究課題/領域番号 |
21J21430
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
千葉 豊 東京藝術大学, 音楽研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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キーワード | 音楽学 / 新音楽 / 新即物主義 / 新古典主義 / ドイツ / ワイマール共和国 / 自動楽器 / メディア |
研究実績の概要 |
本年度の研究成果は、主に①戦間期の独語圏で出版された音楽批評の調査と、②新即物主義に連関する音楽実践とその受容に関する近年の先行研究の精読の二つである。 ①では、1920年代から1930年代にかけての独語圏で出版された音楽雑誌の中で、「新即物主義」という概念に触れているか、あるいは「即物性」や「客観性」等のキィワードを用いた批評に焦点を絞り、音楽史上に同概念が導入された初期の言説を調査範囲を拡大し、整理した。「新即物主義」の内包を定めることは、同概念が音楽作品においていかに具現化されているかを検証するための基盤と言える。この際、音楽史上に「新古典主義」が導入された最初期の議論を調査し、「新即物主義」との同時代性について再検討した。従来の音楽史観への批判に基づき両者を理念/実践上差異化する前提として、相互の意義的な絡み合いを正確に捉えることを重視した。 ②では、自動楽器を始めとする蓄音機やラジオ、映画等の当時最新のメディアと、ワイマール共和政期の音楽創作との結合を主題とした昨今の先行研究(Scheinberg 2007, Patteson 2016, etc.)を調査し、特定の音楽が新即物主義に依拠して論述される際のロジックを考究した。つまり、少なくとも戦間期という時代的な枠組みにおいて、音楽はそれ自体としていかなる特質を備えた場合に「新即物主義的」であって、また同時にいかなる聴取体験、情緒をもたらした場合にそうであるのかを、批判的に検証する作業に取り組んだ。とりわけ、自動音楽に象徴される「機械性」とその「先進性」の明確化を目的とし、第一次大戦後の音楽創作にとってのテクノロジカルな側面やメディアの利用が喚起した音楽語法上の変化を検討した。また、当時の社会と技術の連動が促した創作理念の転換が、自動音楽と伝統器楽の互恵関係を通して実現された可能性に注目し、楽曲分析の対象をまとめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新即物主義的音楽語法の解明に向け、本研究では戦間期の言説資料の調査をその第一段階に据えていたが、当初参照する予定であった音楽批評についてはおおよそ調査結果をまとめることができた。今後は、観念としての新即物主義が内包する「職人性」と「機械性」という二つの本質的意義に鑑み、調査範囲を音楽領域から美術/建築/文学領域の言説資料へと拡大し、新即物主義の芸術理念と実践の傾向を再定義していく予定である。 一方、上記の作業によって「観念としての新即物主義」の多義性が露になればなるほど、同時代のあらゆる音楽実践が同概念へと還元される危険がある、という問題点に留意しつつ、より実現可能性が高い研究方法を再構築する契機を得た。そこで、「即物性」や「機械性」等の音楽的具現化の象徴的事例と言える、1920年代の自動楽器を用いた創作を重要な調査対象として位置付け、P.ヒンデミットやE.トッホらによって作曲された自動ピアノや自動オルガンのためのオリジナル作品の基本情報を整理した。また、自動楽器や蓄音機を作曲に導入することで期待される音楽上の客観性や先進性の体現を、新即物主義の実践例として解釈した先行研究を調査し、次年度に参照すべき資料と分析対象となる楽曲を限定した。 3月に実施したドイツでの資料調査では、新即物主義が議論された時代に諸芸術領域で共有されていた「機械」のイメージやモティーフを検討し、その精神的基盤や応用方法を調査するため、バウハウス博物館(デッサウ)や新国立美術館(ベルリン)で言説資料及び作品を閲覧した。さらに、作品再生の場でありながら創作媒体でもあった最初期のラジオの仕組みと運用に関しては、フランクフルト通信博物館にて資料収集を行った。 上述した自動音楽の自筆譜等、次年度以降収集する必要のある一次資料はあるものの、言説資料の参照と並行して既に楽曲分析に着手できており、研究は順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究戦略上、戦間期における自動楽器のためのオリジナル作品は、新即物主義を音楽実践の観点から再解釈するための重要な「物証」の一つと言える。従って、1926年以降にヒンデミットらによって実験的に取り組まれた自動音楽の自筆譜を調査することは、新即物主義的音楽語法の特定に際して不可欠な作業である。また同時に、当時の先進技術の象徴である自動楽器やラジオといった新たな創作媒体が喚起した音楽観(理念・実践・受容)の変化は、表現主義から新即物主義への音楽史上の転換点と、後者の新古典主義に対する位置づけを再検討するための手掛かりと言える。従って、今後の課題は、自動音楽というジャンルや、ラジオや蓄音機等の新たな音響メディアの登場によって促された、伝統的な音楽創作の在り方の変化と、その帰結としての音楽作品(作曲技法)の変化、そしてその聴き方の変化を明らかにすることと言える。以上を踏まえ、引き続き戦間期の言説資料と先行研究の精読と、自動楽器/伝統器楽による作品の比較分析に取り組むことで研究を推進する。
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