本年度は、2023年5月よりベルリンで3ヶ月間の資料調査を行い、戦間期独墺圏の音楽・文化批評の分析を進めた。とりわけ、第一次大戦後の前衛的な芸術音楽創作とラジオとの統合可能性を論じた1930年前後の文献の精読を通じて、音響メディアに特有の「聴こえ方」への適応を目指した音楽素材/美学の相関的な変容が、音楽史における新即物主義という時代概念の形成を促した足跡を明らかにした。基礎研究上の重要性に鑑みた場合、新即物主義の文脈で語られ得る楽曲や、戦前の録音物を含む音響メディア由来の作品自体を分析する以上に、それらに付随する技法や演奏実践、テクノロジーがいかにして同時代の音楽史記述へと組み入れられ(なかっ)たのかを検証することが有効であると判断した。 音響メディア史とサウンド・スタディーズの最新動向を踏まえた上で、本課題は従来の技術決定論的枠組みが維持された音楽史記述自体を批判対象としつつ、戦前から戦後の「機械的な」音への認識論と音楽実践との互恵関係を音楽史の主体として捉え直すことを目指した。その際、「拡張された新即物主義」という枠組みを用いた20世紀音楽の再検証は、「革新」や「主流としての前衛」という原理が一般化してきた新音楽の直線的な歴史観を修正するための手がかりを提供したと言える。「新即物主義的な」音楽語法を、同時代の音響メディアによる新しい聴取の様態と歴史的連続性という二つの側面から再解釈する作業は、モダンとポストモダンの併存が織りなす20世紀の芸術音楽史の多様性をアクチュアルに評価する契機をもたらすであろう。 本課題は「20世紀音楽におけるリアリズム」という鍵概念を、音楽創作(生産)と受容(消費)の均衡関係に依拠した音楽批評の「アクチュアリティ」という観点へと具体的に読み替えることで、新即物主義が「パラレルな主流」として新音楽の展開といかなる史的連関を有しているかを明らかにした。
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