研究課題
酸化物イオン伝導体やプロトン伝導体は燃料電池等に応用可能なセラミック材料である。燃料電池の電解質として実用化するには高いイオン伝導度を示す材料の発見が重要であるが、高いイオン伝導度を示す要因を考察することでより高いイオン伝導度を示す材料の探索の指針にもつながる。そのため、結晶構造を明らかにし、酸化物イオンやプロトンの移動のメカニズムを考察することもまた重要である。本研究では本質的な酸素欠損層を持つ六方ペロブスカイト関連酸化物であるBa7Nb4MoO20系材料に注目して研究を行った。Ba7Nb4MoO20のNbの一部をMoやWで元素置換した組成は高い酸化物イオン伝導度を示すだけではなく、高温でも高い安定性を示し酸化物イオン伝導が支配的であるため、実用化も期待される。これまで、高温で測定した中性子回折データの解析で得られた平均構造によってBa7Nb4MoO20系材料では準格子間機構で酸化物イオンが伝導すると考えられてきた。しかし、Ba7Nb4MoO20系材料の局所的,動的構造との関係は分かっていなかった。そこで、第一原理分子動力学法によって時間経過とともに酸化物イオンがどのように動いていくのかを調べ、移動するメカニズムを考察した。また、Ba7Nb4MoO20系材料は高い酸化物イオン伝導度に加えて高いプロトン伝導度も示す。酸化物イオンの移動のメカニズムと同様に第一原理分子動力学法によってプロトンの移動のメカニズムを考察した。さらに、プロトンの位置を決定するために,重水D2O気流中で熱処理することにより、水和したBa7Nb4MoO20系材料を作製し、低温における中性子回折データを用いて結晶構造解析を行った。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、高い酸化物イオン伝導度を示し、本質的な酸素欠損層を持つ六方ペロブスカイト関連酸化物Ba3MoNbO8.5とBa7Nb4MoO20に注目した研究を行っている。以下に記すように、2022年度はおおむね順調に研究が進んでいる。第一著者で2022年度に査読付き論文(J. Ceram. Soc. Japan)に一報出版した。Ba3MoNbO8.5におけるMoを同位体95Mo で置換した物質を合成した。合成したサンプルのNMR測定によりMoとNbを区別し、MoとNbの局所構造が明らかになった。この研究成果で査読付き論文(J. Phys. Chem. C)に共著者として出版することができた。また、Ba7Nb4MoO20の単相を得るために合成温度を考慮して合成を試みた。ICP測定を行ったところ、ほぼ仕込み組成比通りの元素比率になっていることが確認され、完全な構造解析に成功した。この研究成果についても査読付き論文(Nature. Commun.)に共著者として出版することができた。Ba7Nb4MoO20系材料は酸化物イオン伝導に加えてプロトン伝導も示す。プロトン伝導と水和のメカニズムを理解するためには、結晶構造内におけるプロトンの位置を調べることが重要である。高温の重水D2O気流中で熱処理することにより、水和した Ba7Nb4MoO20系材料を作製し、低温で中性子回折実験を行った。得られた回折データのリートベルト解析によってプロトンの位置を求めた。Ba7Nb4MoO20系材料におけるプロトンの局所的な動力学を明らかにするために、第一原理分子動力学計算を行った。これまで考えられていたものとは異なるプロトン伝導メカニズムを発見した。酸化物イオン伝導とプロトン伝導をさらに深く理解するために、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンでBa7Nb4MoO20系材料の輸送的性質を調べた。
2023年度も引き続き本質的な酸素欠損層を持つ新しいイオン伝導体の探索、構造と伝導度の関連性についての研究を行う。特に、本質的な酸素欠損層を持ち、六方ペロブスカイト関連酸化物に注目し、Ba7Nb4MoO20系材料を超える材料を発見することを目標とする。現在、本質的な酸素欠損層を持ち、六方ペロブスカイト関連酸化物である物質の合成条件を変えると、乾燥雰囲気中で非常に高い伝導度を示すことを見出した。乾燥雰囲気中で高い伝導度を示すことは高い酸化物イオン伝導度を示す可能性があるため、今後はこの物質に焦点を当てて研究を行う。具体的に行う実験手法を以下に示す。まず、より高い伝導度を持つ組成を発見するため、一部の元素をドーピングして合成を行う。合成を行ったサンプルの電気伝導度を乾燥雰囲気と湿潤雰囲気で測定し、酸素分圧を変化させることで伝導度が変化するかどうかを調べ、酸化物イオン伝導性の評価を行う。さらに、サンプルの両端の酸素分圧を変えることによる濃淡電池の起電力測定によって酸化物イオンの輸率を求める。電気的特性を評価後、伝導度の考察を行うために放射光X線回折測定や中性子回折測定を行い、リートベルト解析によって結晶構造を決定する。さらに、最大エントロピー法によって中性子散乱長密度を計算して結晶構造内の原子核密度分布を可視化することで酸化物イオンの拡散経路を調べる。そして、放射光X線回折測定や中性子回折測定による平均構造の解析では分からない局所構造と動的構造を明らかにするために、第一原理分子動力学計算も行う。
すべて 2023 2022 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件)
Nature Communications
巻: - ページ: -
10.1038/s41467-023-37802-4
The Journal of Physical Chemistry C
巻: 126(31) ページ: 13284-13290
10.1021/ACS.JPCC.2C03429