研究課題/領域番号 |
21J00096
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
安田 健人 京都大学, 数理解析研究所, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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キーワード | マイクロマシン / Odd弾性率 / 最頻経路 / 遊泳速度 |
研究実績の概要 |
モータータンパク質・代謝酵素・分子マシンといったマイクロマシンは、ゆらぎが支配的な環境で機能を発現している。そのため、本研究課題では、流体力学と統計力学を基盤にし、流体中のマイクロマシンのゆらぎと推進の関係を理解することを目的としていた。当該年度は化学反応が誘起するマイクロマシンの形状ゆらぎの性質について議論し、ゆらぎによる推進可能性について検討した。その中でOdd弾性率によるマイクロマシンの記述に関する以下の成果を得た。まず、マイクロマシンの構造変化の動力学を記述するために、ゆらぎを含んだ運動方程式を考えた。また、Odd弾性率(弾性係数行列の反対称成分)を、触媒反応によるエネルギー注入を記述するために導入した。このOdd弾性率を含む運動方程式を解析し、最頻経路、遊泳速度について調べた。 最頻経路:触媒反応に伴うマイクロマシンの構造変化は稀にしか起こらないため、その統計的性質を調べることは難しい。そこで、Onsager-Machlup 変分原理を運動方程式に適用することで構造変化過程の最頻経路を解析した。本研究の結果、Odd弾性率が存在するとき、行きと帰りで経路が異なる非相反な最頻経路が導かれた。 遊泳速度:3つの球をOdd弾性を有する2つのバネで結合した構造物を考え、変形と重心の運動を考える。このとき、周囲の粘性流体の流体相互作用を取り入れると、流体中の遊泳を議論することができる。具体的な解析の結果、Odd弾性率に比例した速度で構造物が遊泳することが示された。 これらの結果は、マイクロマシンの構造変化や機能の一部がOdd弾性率によって表現できることを示唆している。今後、実験や数値シミュレーションによって、実際のタンパク質等との対応関係が整理されると期待している。これらの結果について、複数の論文発表および学会発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該年度の研究計画ではマイクロマシンの化学反応を明示的に取り入れたモデルの解析を検討していた。実際にこのモデルが化学反応特有の確率的遷移過程を記述できることが示され、マイクロマシンの非平衡性を評価することができた。さらに、該当年度ではこのアイデアをより洗練させることに成功し、Odd弾性率という物理量で化学反応の非平衡動力学を粗視化することを提案した。このOdd弾性率によってマイクロマシンの統計的性質が特徴づけられ、構造変化の対称性の破れなど化学反応によるエネルギー注入によって引き起こされると予想されるダイナミクスが見つかった。さらに、このOdd弾性率を遊泳モデルに導入することで、熱ゆらぎの存在下で自発的に遊泳する事がわかった。すなわち、Odd弾性率によってマイクロマシンの統計的性質および、その機能発現まで表現できることが示唆された。これまで、マイクロマシンの理解には化学反応の微視的かつ複雑なダイナミクスを調べる必要があると考えていたが、このOdd弾性率という一つのパラメーターでマイクロマシンの普遍的な理論構造を構築できる可能性が明らかになった。このような理由により、当該年度は計画以上の進展があったと言える。
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今後の研究の推進方策 |
該当年度の研究によってマイクロマシンの動力学を記述する上でOdd弾性率が重要な役割を果たすことが示唆されてきた。そこで、今後はこの研究をさらに深め、化学反応とOdd 弾性率の対応関係を示す微視的理論を整備する。化学反応を含んだマイクロマシンの理論モデルを構築し、Odd弾性率との対応関係について時間相関関数等を用いて調べる。また、具体的なマイクロマシンモデルにOdd 弾性率を導入し、どのように力学的機能が発現するか調べる。特に複数の粒子を結合した他粒子モデルや、それを粗視化した連続変形モデルを検討し、周囲の流体を含めた計算を行う。これにより、流体中の推進機構に関する知見を得ることができる。 さらに、遊泳の一般理論の拡張に取り組む。遊泳は帆立貝定理と呼ばれる基礎定理と、それを含んだ遊泳ゲージ理論によってよく理解されてきた。しかしながら、この理論体系では変形が与えられることを前提としているため、ゆらぎを含むような不確定な変形過程に対しては適用できなかった。そこで確率的線積分を用いてこの遊泳ゲージ理論を拡張することを検討する。また、Onsager-Machlup 変分原理を用いた最頻経路問題をマイクロマシンの推進経路推定に応用する。これにより、実験で得られる事象に対してその原因や過程について理解が深まることが期待できる。
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