本研究は、カンボジアのポル・ポト政権期におきた大規模暴力(「ジェノサイド」)をめぐり、経験の差異がある現在の教師たちが、いかにこの過去を受け止めて、どのように次の世代へ継承しようとしているか明らかにするものである。ポル・ポト政権期の終焉から 40 年以上が経過した現在、ポル・ポト政権期を生きた教師は高齢化し、教職を離れつつある。ポル・ポト政権期後は政治的な影響から、ポル・ポト政権期のカリキュラム内の扱いは、数度にわたって変遷してきた。反ポル・ポト思想を形成する時期や、全て削除された時期もあった。現在の社会科及び歴史教師はいかなる教育を受け、また、ポル・ポト政権期の過去をどのように継承してきたのか、そしてそれをどのよう捉えており、次の世代へどのように教えようとしているのかを明らかにすることが本研究の目的である。 前年度までに、カリキュラムや教科書、教材分析から教育内容の変遷をまとめ、現地での聞き取り調査を実施して基礎的なデータを収集した。2023年度は、長く内戦が続いていたバッタンバン州でフィールドワークを行い、中学の社会科、高校で歴史を教える立場にある幅広い年代の教師を対象に、学習経験(家庭内の継承、実体験を含む)と授業実践についての聞き取り調査を実施した。主な結果として、ポル・ポト政権期後の社会主義国期には、反ポル・ポト思想としてポル・ポト派を憎む教育が行われており、その時代を生きた教師たちは、自らの経験と重ねて、怒りの感情とともに受け止めていた。しかし現在の認識として、平和のためにポル・ポト政権の成り立ちやポル・ポト政権期の人びとの暮らしを教育することが重要であるとした。それは、学校教育でほとんどポル・ポト政権期について学んでいない世代の教師や、長く内戦が続いていた地域の教師にも共通する認識であることが明らかとなった。
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