本研究は、後2世紀後半に執筆されたパウサニアスの『ギリシア案内記』という著作に注目することで、ローマ人とギリシア人、支配者と被支配者との二分法で捉えられがちなローマ支配期のギリシア世界を、個々の都市や都市間の関係から新たに理解することを目的として行われた。最終年度あたる本年度は、これまで行ってきた研究・調査の論文化に重点的に取り組んだ。 その成果として、ローマ帝国の出現がギリシア人の都市及び彼らの都市認識に与えた影響を論じた論文を査読付き雑誌『古代文化』に提出した(第76巻第1号掲載予定)。この論考では、都市認識の変化が帝国によって一方的に押し付けられるものではなく、帝国と都市との交渉の結果として成立したものであること、ローマ帝国東部=ギリシア語圏で形成された都市認識と共同体の階層構造が、帝国西部とは異なる性格を有するものであったことを明らかにした。 また、2022年度3月のギリシアでの現地調査の成果を踏まえて、パウサニアスの都市叙述と帝政期のギリシア諸都市における歴史認識とアイデンティティに焦点を当てた論文を執筆し、査読付き雑誌『史林』に投稿した(投稿中)。この論文では、パウサニアスの『ギリシア案内記』の中からテゲアという都市に関する記述を取り上げ、この都市に関連する文献史料、考古史料を網羅的に検討することで、パウサニアスの記述が、ギリシア全域で知られている伝承よりもテゲア固有の伝承により忠実であること、後者は近隣都市スパルタとの古来からの敵対関係を基軸として形成されたものであることを明らかにした。 両研究とも、都市に注目することによって、ローマとギリシアとの単純な二項対立には収まらない都市間の複雑な関係を明らかにしたものであり、そうした「ローカル」な次元の都市間の関係を踏まえつつ、ローマ帝国下におけるギリシア人の歴史認識とアイデンティティを具体的に描き出したものである。
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