本年度は、まず昨年度査読付き雑誌への修正つきでの掲載が決定していた論説の修正にあたった。この論説の内容は、一昨年の第89回西洋史読書会大会にて学会報告したもので、前年度に査読結果が返却された際に、修正意見として、先行研究と本論説の関係・意義づけに関するものが出されていた。そこで、とりわけ史料として用いていた、ウェレイウス・パテルクルスの『歴史』に関する先行研究を改めて整理し直すとともに、本論説の主張を先行研究と比較しながらより明確に打ち出せるよう議論の再検討を行った。そしてその結果として、『史林』第106巻6号に掲載されるに至った。 続いて、新たな研究としてセネカの諸著作を中心にしたネロ期におけるアウグストゥスの記憶に関する研究を進めた。この研究では当初、セネカの著作『アポコロキュントシス』と『寛恕について』において、『神君アウグストゥスの業績録』(以下、業績録と略記)というアウグストゥス自身が書き残した史料の引用のされた方が異なっている点に注目した。そして、この相違点を時間的な変化と捉え、両著作が公刊される間に起こった出来事に着目し、この変化との因果関係を検討した。その成果を日本西洋古典学会第73回大会にて、口頭報告を行った。この報告と質疑応答により、セネカの諸著作から見られるアウグストゥス像をどの程度一般化できるのかという問題、セネカが自身の主張に合わせて『業績録』の引用方法を適宜選んだ可能性が浮き彫りになった。以上の問題点の浮上により、視点を変え、『業績録』が記憶を伝えるメディアとしていかに機能したのかという問題を、ネロ期を中心に検討していくことにした。そして以後は、『業績録』の設置場所やそこでの実践に注目しながら、『業績録』によるアウグストゥスの記憶の形成に関する問題の検討を進めた。そして、上記の研究成果をまとめ、論説として『西洋史学』に投稿するための準備を行った。
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