コケ植物の苔類ゼニゴケでは、生殖細胞分化の鍵転写因子BNBの下流で、常染色体上のFGMYB/SUF遺伝子座が配偶体の性分化を制御する。FGMYBはメス分化を促進する転写因子をコードする。SUFはその逆鎖からオス特異的に転写される長鎖非翻訳RNA(lncRNA)であり、FGMYBをcisに発現抑制することで結果としてオス分化を引き起こす。本研究では、SUFによるFGMYBの発現抑制機構、FGMYB/SUFモジュール下流の転写制御ネットワークを解析し、lncRNAを介した性分化制御機構の解明を試みた。 CRISPR/Cas9ニッカーゼ系を用いてFGMYB/SUF領域の大規模欠失株を作出し、配列を改変したゲノム断片での相補実験により、SUFはlncRNA転写産物ではなく、転写の過程自体によりFGMYBの発現を抑制することが示唆された。また、FGMYB配列をジフテリア毒素A(DTA)遺伝子に置換してもSUFによる発現抑制は再現され、SUFは配列に依存せずセンス鎖遺伝子の発現を抑制できることが示唆された。これらの結果を国際学術誌に投稿した(Kajiwara et al. 2024)。 希少な生殖系列細胞の遺伝子発現を解析するため、ゼニゴケ用の誘導型CRISPR遺伝子活性化(CRISPRa)系を開発し、BNBを薬剤依存的に異所性発現することで体細胞から生殖系列細胞様細胞の分化を誘導する植物体(iBNB-Cit)を作出した。この分化誘導系を用いて、シングル核RNAシーケンシング(snRNA-seq)解析を行い、雌雄の生殖系列細胞の転写状態を細胞レベルで明らかにした。さらに、pySCENICを用いてFGMYBの転写制御ネットワークを構築し、FGMYBが発現制御する標的遺伝子群を包括的に同定した。これらの結果を国内学会および国際学会で発表した。
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