ヒトの歩行は必ずしも定常なものではなく、特徴的なゆらぎを持つ。このゆらぎは歩行リズムに顕著に見られ、フラクタル性を持つ。このフラクタル性は、加齢や疾患によって変化することが知られており、運動機能の健常性を調べる指標(バイオマーカー)となりうる重要な性質である。しかし、なぜヒトの歩行にフラクタル性が見られ、その性質が変化するか、メカニズムは未解明だった。 本研究では、コンパス型のシンプルな数理モデルを用いて、ヒトの歩行に見られるフラクタル性を持つ特徴的なゆらぎを再現することができました。また、この性質が加齢や神経疾患により変化する原因の一端を明らかにしました。具体的には、中枢パターン生成器のリズム制御の有無が、歩行リズムにおけるフラクタル性に影響を及ぼす要因であることを示しました。このメカニズムに関しては、従来異なる概念と考えられていた位相応答曲線に焦点を当て、その役割を探究しました。これらの特徴に関しては、シンプルなモデルだけでなく、解剖学的に詳細な筋骨格モデルを用いた場合でも同様の結果が見られ、実際のヒト歩行におけるゆらぎの特徴の解明に寄与する可能性があると考えています。 また、神経制御を必要としない受動歩行において、歩行の安定性を決定する吸引領域がパラメータに応じて急激に変化すること、及びそのメカニズムを明らかにしました。吸引領域の形成過程を詳細に解析し、力学系理論に基づいた手法を用いて、吸引領域のフラクタル性と大きさが変化するメカニズムを明らかにしました。さらに、パラメータの変化によって、異なる歩行速度や歩幅などの安定な歩行パターンが無数に生じる可能性を示唆しました。
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