免疫系によって実現される抗原経験に応じて適応的に変化する抗原の有害/無害識別メカニズムを明らかにするために、免疫細胞集団動態を記述する数理モデルを構築した。特に、予測符号化に基づく免疫記憶形成をモデルに導入することで、免疫系を学習システムとして表現した。この数理モデルのシミュレーションにより、免疫系が抗原濃度とその入力速度に応じて応答強度を変化させる、すなわち、抗原の有害/無害識別を実現することを示した。また、アレルギーの発症やその治療(アレルゲン免疫療法)で見られるような、同一の抗原に対する有害/無害識別が抗原経験依存的に変化する現象を再現することに成功した。さらに、抗原入力に対する細胞の応答様式(用量反応関係)を変化させた場合は、抗原濃度やその入力速度に基づく有害/無害識別やアレルゲン免疫療法の効果は、細胞の応答様式に関係なく示されたが、より大量の抗原への曝露によるアレルギーの再発症の有無は細胞の応答様式によって異なることが示された。これは、アレルゲン免疫療法の治療効果の持続性の個人差が、一細胞レベルの応答性の違いに由来することを示唆するものである。最終年度は、本数理モデルの臨床への応用を見据え、アレルゲン免疫療法における抗原投与スケジュールがその効果に与える影響を調べた。アレルゲン免疫療法の治療期に様々な濃度および入力速度で抗原を投与するシミュレーションを行ったところ、アレルギー発症後の治療期に低濃度の抗原を投与した場合、あるいは、高濃度の抗原を緩やかに投与した場合にのみ、アレルゲン免疫療法の前後における同一の高濃度抗原入力に対する応答強度が弱まることが示された。この抗原濃度およびその入力速度依存的なアレルゲン免疫療法の治療効果の変化は、本数理モデルに基づき、より迅速かつ効率的な治療における抗原投与スケジュールを提案することが可能になることを示唆するものである。
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