非天然型アミノ酸であるβ-アミノ-α-ケト酸は特徴的な生物活性や合成化学的有用性を示す。しかし、その実用的な合成法は入手容易なアミノ酸の増炭を経るキラルプール法に限られる。本年度筆者は、α-ケトカルボニル基と等価なグリオキシル酸シアノヒドリンのMannich反応を利用したβ-アミノ-α-ケト酸等価体の不斉合成法の開発と、触媒の重水素化による不斉制御に取り組んだ。いくつかの触媒を検討した結果、嵩高いアミン部位を持つチオ尿素触媒がグリオキシル酸シアノヒドリンのイミンに対する立体選択的な付加を促進することを見出した。その中でいくつかのイミンはエナミンへの異性化が問題となったが、イミンの前駆体であるα-アミドスルホンを塩基性水溶液共存下直接利用することで適用可能となり、大幅な基質適用範囲の拡大を実現した。本反応で得た付加体は銀塩による脱シアノ化を経る簡便な脱保護により非タンパク質構成アミノ酸を含む多様なβ-アミノ-α-ケト酸へと変換可能であった。またペプチド-α-ケト酸やペプチド-α-ケトアミドの合成にも応用でき、従来困難なペプチド同士のカップリングや特殊ペプチドの効率合成を可能とした。さらにDFT計算による反応遷移状態の解析を行い、チオ尿素触媒によるエナンチオ選択性とジアステレオ選択性の一挙制御に必要ないくつかの要因を明らかとした。一方、ルイス塩基部位をもついくつかの基質では立体選択性の低下が見られた。そこで上述の遷移状態解析から触媒との望まない水素結合が原因と考察し、触媒の重水素化による水素結合能の精密制御に取り組んだ。酸性プロトンを重水素置換した触媒を種々合成・評価したが、いずれも軽水素体の触媒と同等の活性を示すのみであった。重水素置換による不斉制御の実現には至らなかったものの、重水素の導入が有機触媒の機能に影響を及ぼすことなく長寿命化を可能とし得ることが示唆された。
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