今年度は、昨年度の結果で得られたフォック空間上の作用素の解析に関する知識を用いて、前期では多変数qガウス分布におけるパラメータqに関する非可換分布の強収束に関する結果を得ることができた。また後期には、自由半円分布におけるダイバージェンスフリーベクトル場の直交分解によって得られた部分ベクトル場の解析に関する結果を名古屋大学の伊藤久優雅氏との共同研究によって得ることができた。最初の結果について、非可換分布の強収束は古典的な確率分布の分布収束に加え、サポートに外れ値が生じないという強い条件を非可換確率論の枠組みで考えた概念であり、主にランダム行列の分野で研究され、作用素環論や量子情報、量子群、ランダム曲面といった様々な分野に登場している重要な概念である。さらにこの非可換分布の強収束は、研究課題のテーマである非可換有理関数とも関係しており、非可換有理関数に多変数qガウス分布を代入して得られる作用素はqを連続的に変形すると分布収束に関して連続的に変形するだけでなく、サポートに関しても連続的に変形することがわかった。二つ目の結果ついては、Voiculescu氏によって導入された自由独立半円分布に対するダイバージェンスフリーベクトル場について研究したものであり、フォック空間の直交分解に対応した部分ベクトル場の次元や直交射影の具体的な表示を得ることができた。この研究は自由群フォン・ノイマン環上のトレースを保存する1パラメータ自己同型群の間の対応や、流体力学におけるオイラー方程式の類似物に関係している。研究期間全体を通じて非可換有理関数と自由確率論の関係性を研究していく中で、双対系や共役系といった自由確率論に登場する作用素達について研究することになり、フォック空間の技術を用いた有理関数の特徴づけやq-ガウス系に対する双対系、共役系の存在や強収束などの研究成果を出すことに成功した。
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