本研究では、神経細胞樹状突起の特徴的な「かたち」が生む機能的役割の解明を目指してきた。昨年度までに、培養海馬神経細胞において「興奮性シナプス後電位(EPSP)が樹状突起で伝播方向依存的に異なった修飾を受ける」という新規現象の分子メカニズムを調べ、Na+チャネル、K-ClトランスポーターKCC2がEPSPの樹状突起末端方向へ伝播する時の増幅に重要であること、さらに、静止膜電位が樹状突起末端になるほど深くなり、その傾向がKCC2に依存することを明らかにした。 上記の研究進展に基づき、樹状突起での細胞内Cl-濃度に依存した深い膜電位がEPSPの増幅に寄与する可能性を考え、膜電位が深いほど活性化するCl-チャネルの存在に注目した。膜電位蛍光イメージングとスポットレーザー光によるケージドグルタミン酸の局所光活性化を用いて、EPSPがいかに樹状突起内を伝播するかを解析した。薬理阻害により、Cl-チャネルも樹状突起末端方向へ伝播する際のEPSP増幅に寄与することが分かった。以上から、伝播方向依存的なEPSP増幅は、樹状突起末端の静止膜電位が細胞内Cl-濃度に依存して深く保たれていること、脱分極によりCl-透過性が減弱すること、脱分極が枝に局在するNa+チャネルを活性化すること、が協調的にはたらくことでおこると示唆された。 さらに、グルタミン酸の局所刺激箇所を複数に増やし、枝でのEPSP加算を調べた。その結果、樹状突起の末端から細胞体方向へ連続してグルタミン酸入力がある時には、Na+チャネルとKCC2の活性に依存して突起末端領域で入力加算が強く起こった。以上から、樹状突起内で伝播方向に依存して非対称にEPSPが修飾されることで、連続した入力がその時空間コンテクストに応じて強弱が変化するという新規の局所演算機構を同定した。
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