研究実績の概要 |
本研究は、ジャック・デリダのテクストにおける「表現」概念の検討を通じてデリダ思想を包括的に解釈するという企図のもとで進められた。この研究の目的はおおむね果たされたと言える。これまでの活動で報告者は、おもに現象学、ドイツ観念論、美学における「表現 expression, Ausdruck」の概念を中心として、それに対するデリダの批判を検討してきた。また同時に、具体的に表現実践にかかわっている現場と協働する機会を多く設け、ひとがなにかを表現するという事態を研究的かつ批評的な視野から見通すことができた。 とりわけ二年次では、八〇年代のデリダのシェリング論を検討することで、前期のフッサール論およびヘーゲル論から連なる「表現」批判の一貫性を確認しつつ、その制度論的な広がり(言語教育、大学教育、国家と言語の問題等)を検討できたことが大きな収穫であった。 しかし、同時に、中期以降のデリダのテクストにおいては「表現」という語彙が(事柄としては同じく問われていても)ほとんど登場しなくなることから、テクストを実証的なレベルで読み進めることが難しい、という問題にも直面した。そこで、むしろ「表現」からフレームを拡張し、この問題系を「翻訳」や「秘密と証言」といった別の問題への変奏としてみなすことで、より研究を深化させることが可能であるという結論にいたった。この点が、本研究の次なる課題である。
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