本研究では,土壁を下地とした壁画を対象として,湿度変動時の損傷危険性を定量的に明らかにした.これにより,損傷危険性の評価を文化財収蔵施設の湿度制御に反映するための知見を示した. 本年度においては,法隆寺金堂飛天壁画の下地材料を対象とした機械特性の測定と多孔質弾性係数の推定を行い,損傷予測に必要とされる物性を明らかにした.実資料への接触が伴う材料試験は困難であったため,既往研究から得られた情報をもとに模擬材料を作成して試験に用いた.さらに,平衡湿度の異なる試験体を用いることで,これら機械特性の湿度依存性を明らかにした.また,白土と表土において,乾燥・湿潤時に生じるひずみ測定値と間隙圧変化の予測値をもとに,多孔質弾性係数を推定した. また,本年度においては,湿度変動の幅・速度に応じた壁画の損傷危険性を定量的に明らかにすることで,文化財収蔵施設の湿度制御に資する知見を示した.測定・推定した壁画下地材料の物性を用いることで,壁画材料内の温度・水分状態・応力・ひずみの空間的・時間的分布の予測する数値モデルを構築した.最大主応力と引張強度の比を損傷危険度として定義し,損傷危険性の定量的目安として用いることとした.この数値モデルに対し,環境が乾燥する場合において,様々な湿度変動の幅・変化速度を与え,それらに応じた損傷危険度を求めた. 本研究を通して,乾湿により壁画に生じる損傷を予測するための壁画材料の物性を明らかにした.さらに,湿度変動の幅・速度に応じた,壁画の損傷危険性を定量的に明らかにした.壁画材料の機械特性測定に関してまとめた成果は,国際学術誌に掲載された.多孔質弾性係数の測定方法に関する成果は,2024年度にカナダで開催される国際会議に受理されている.
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