研究課題/領域番号 |
22KJ1940
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配分区分 | 基金 |
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
渡辺 涼太 京都大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2023-03-08 – 2025-03-31
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キーワード | カオス / 複雑性 / ブラックホール / AdS/CFT |
研究実績の概要 |
ブラックホールのダイナミクスにおいてはカオス性が重要な役割を果たすと考えられている。一方、近年のAdS/CFT対応に基づくブラックホールの研究によれば、ブラックホールの内側の領域の時間発展は双対量子論の複雑性と呼ばれる量の時間発展と等価であると期待されている。量子カオスを特徴づける方法はこれまでにいくつか提案されてきた。その代表的なものの1つは、エネルギー準位間隔の統計分布である。一方、量子論の複雑性については十分な定義が与えられていなかった。このような中、Krylov複雑性が量子系の演算子や状態の複雑性と系のカオス性の指標として提案され、近年注目を集めている。Krylov複雑性の定義においては、考えている時間発展の生成子を三重対角化することが本質的であり、この際に現れる行列成分をLanczos係数と呼ぶ。Krylov複雑性はLanczos係数を用いることで計算することができる。 我々はKrylov複雑性が系のカオス性を判別していると言えるか否かを調べるために、古典カオス系を量子化した系の典型例としてスタジアムビリヤード系に注目し、量子系の演算子と状態に対するKrylov複雑性を数値的に評価した。スタジアムビリヤード系においてはビリヤードの形状を変えることでカオスと非カオスの間の転移を調べることができる。我々は特にLanczos係数に注目し、これを系の古典的なLyapunov指数と、量子的なエネルギー準位の間隔の統計分布との間で比較した。その結果、これら3つの量の間に有意な相関が確認された。このことはLanczos係数の分散が量子カオスの指標となり得ることを示している。同様の結果はSinaiビリヤード系においても確認することができ、我々の結果がより一般の量子力学系において普遍的に成立することを示唆している。我々の研究は査読ありの国際誌に受理され出版された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の我々の研究によって、Krylov複雑性は量子カオス性を反映する優れた量であることが改めて明らかとなった。この研究成果をJournal of High Energy Physicsで出版することができたことに加え、本研究課題の目標の一つであるカオス性と複雑性の統合がKrylov複雑性によってなされていることが明らかになったという点で、研究計画は順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
近年の量子重力理論研究においてはSachdev-Ye-Kitaev(SYK)模型で二重スケーリング極限と呼ばれる特殊な極限を取ったものが、正の曲率を持つ時空と双対である可能性が指摘されている。この模型は、AdS/CFT対応とは異なり、重力理論側の時空の曲率が正であるため、現実の宇宙を記述する量子重力理論の候補の可能性がある。この模型を中心としてKrylov複雑性やカオス性をさらに調査し、漸近AdS時空中のブラックホールに加えて現実のブラックホールを記述しうる量子力学系の特徴づけを試みる方針である。
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