研究課題/領域番号 |
22J23418
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
若林 和哉 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2022-04-22 – 2025-03-31
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キーワード | レヴィナス / 宗教哲学 / ユダヤ哲学 / 情動 / 脱宗教性 |
研究実績の概要 |
本研究は、ユダヤ人哲学者エマニュエル・レヴィナスの哲学的著作と宗教的著作を交差的に読解することを通じて、「情動」を特権的な立脚点とする新たな「形而上学」の生成過程を明らかにすることを目的とする。ここでの探究では、レヴィナスのユダヤ的立場は、特殊主義に閉じたものではなく、むしろ西洋哲学における普遍的理念を、ユダヤ的伝統によっていっそうラディカルに変容させるものとして再解釈されることになる。具体的には、レヴィナスが形而上学史における哲学者たちを批判的に受容する際に、ユダヤ的伝統からいかなる諸形象が借用され、新たに再活用されているかについて個々のケースごとに検討し、さらにその思想史的ポテンシャルを引き出すことが目標となる。 当該年度の研究は、次年度以降の基礎となる考察を行うことを念頭に、主として以下の二点を軸に展開された。 ①初期レヴィナスの哲学的著作が、ハイデガーの実存論的分析論の圧倒的な影響下にありながらも、「創造」や「選び」などのユダヤ的形象によって、その方法論を徹底化あるいは解体させているという両義性について検討した。この成果は日仏哲学会秋季大会にて発表した。 ②上記の研究を踏まえつつ、それをレヴィナスによる「ライシテ/脱宗教性」や「政教分離」の批判的受容という宗教学的な観点から再論した。とくにタルムードから借用された「ノアの末裔」という形象が、西欧文明における脱宗教的な普遍性へと「翻訳」される行程に着目することで、「普遍主義的特殊主義」と定式化されるレヴィナスの思索様式について検討した。この成果は京都大学文学研究科および脱構築研究会共催のシンポジウム「いま、国家の脱構築?--デリダ、レヴィナス、中上健次と国民国家」にて発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当該年度では、初期レヴィナスの思想形成をハイデガーの批判的受容に即してたどり直すことを第一の目標としていた。この点については、とくにジャン・ヴァールとの論争を典拠に、レヴィナスのハイデガー批判がキリスト教批判と共有している要点について検討を行った。それによって、神学を超克しようとする存在論それ自体にある種の「宗教性」の残存を看取するレヴィナスのハイデガー読解が、脱宗教化されても宗教的な本質を維持するものとしての「キリスト教世界」に対する批判へと拡張されることが示された。このことは、西洋哲学に対するレヴィナスの批判的な関わり合いを、より重層的な思想史的視座のもとでとらえ直すための一つの端緒になり得ると考えられる。 当初の計画では、「情動」の問題についての探究を進める予定であった。しかし、上記の研究の過程で、レヴィナスのキリスト教理解に関する調査に取り組む必要が生じたため、初期以降のキリスト教批判および「宗教」の概念についての検討をあわせて実施することとなった。予想外の進展としては、レヴィナスの「ライシテ」論が、ユダヤ教の特殊主義に立脚しつつも、脱宗教的な社会を普遍主義的な仕方で開くことを模索するものとして、「ポスト世俗」と呼ばれる思想状況や宗教学的議論にも連結しうる広がりを有することが展望された点が挙げられる。これらを総合的に勘案しつつ、まだ論文としての投稿に至っていないことから、上記の区分の通りに評価した。
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今後の研究の推進方策 |
次年度では、本研究の核となる「情動」の問題について、以下の二点にわたって研究を実施する。 ①初期レヴィナスにおける「快楽」の分析に着目し、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』における快楽論との比較を通じて、両者の論争を再構成する。この作業では、ユダヤ教の創造論に基づくアリストテレス哲学に対する論駁を念頭に置きつつ、そのような形而上学的な思考を根本から支える働きとして「情動」をとらえ直すことを試みる。 ②レヴィナスとジャンケレヴィッチの影響関係に焦点を当て、両者のベルクソン読解に見られる差異に注意しつつ、レヴィナスのメシアニズムにおける「情動」の問題を検討する。それ通じて、表向きは情動的な自発性を拒絶するかに見えるレヴィナスの思想において、「情動」の創造的作用が持つ隠れた意味について浮き彫りにすることを試みる。
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