研究課題/領域番号 |
21J20442
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
太田 智陽 大阪大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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キーワード | 原子層磁性体 / 磁気異方性 / 元素置換 / 磁化ダイナミクス |
研究実績の概要 |
本課題では、機械的剥離法により薄膜素子が作製可能である、原子層らせん磁性体CrNb3S6や原子層強磁性体Fe5GeTe2に着目し、超伝導体との接合素子を作製することで、超伝導電流を用いた新機能の実現を目指します。磁性体と超伝導体の接合界面近傍に、磁化のねじれた構造が存在する場合、スピン量子化軸の空間的な変化に起因して、スピン三重項超伝導電流が発現することが知られています。 そこで本研究では、外部磁場を用いて、CrNb3S6のらせん周期や、Fe5GeTe2の表面・界面におけるジャロシンスキー・守谷相互作用を変調することで、磁化のねじれ構造を利用した超伝導電流のスピン状態の制御ができると考えました。 前年度までで、Fe5GeTe2の磁化ダイナミクスやスピン軌道相互作用等の、デバイス性能に直結する特性の評価を行ったところ、Fe5GeTe2の磁気状態を反映してこれらの信号が大きく変調できることが分かりました。これはFe5GeTe2を用いた接合素子の実現・機能化に向けて当初の想定以上の進展でした。 そこで令和4年度は、Fe5GeTe2自身の磁気特性やデバイスとしての性能をより詳細に評価するために、①スピン変換特性の評価や、②Fe原子のCo置換による物性制御を行いました。その結果①では、Fe5GeTe2のスピン変換特性が、PtやWなどの典型的なスピン変換材料と比べて遜色ない性能であり、磁気変調による制御性を併せ持つことを実証しました。②では、Co置換を行うことで、薄膜素子においても磁気異方性や磁性相が大きく変調できることや、バルク試料では現れなかった磁気ヒステリシスが、46%置換を行った薄膜で発現することを明らかにしました。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究で目指す原子層接合デバイスの実現には、磁気異方性を始めとする、原子層磁性体中の磁気特性を評価・変調する必要があります。前年度までの研究により、Fe5GeTe2の磁気特性とスピン変換効率の間に相関が見られることが分かりました。この結果は、スピン三重項超伝導電流の制御機能のみならず、次世代のスピントロニクスデバイスに対しても、有用な情報を提供する結果となります。 そのため本年度はまず、Fe5GeTe2のスピン変換効率に関して、他の物質群との比較を行うことにより、詳細な評価を行いました。その結果、Fe5GeTe2の磁性の変化と共に、スピン変換効率が大きく発達し、低温では典型的なスピンホール材料である、PtやWなどと同程度のスピン変換効率を示すことを明らかにしました。この結果は、原子層磁性体がスピンホール材料として、制御性の観点において非常に優れていることを示唆しています。また、磁性原子置換の観点からも、Fe5GeTe2の磁気特性の評価を行いまいした。具体的には、Fe5GeTe2に対してCo原子の置換を行い、置換量の変化に対する磁気異方性並びに、磁性層自体の変調を系統的に評価しました。その結果、置換量が20%以下の低置換領域では、バルクで報告されているような磁気特性が薄膜素子でも実現していることを確かめることに成功しました。一方で、高置換領域である46%置換の反強磁性領域では、バルクでは見られ無かった、磁気ヒステリシスが薄膜素子で顕著に表れることを明らかにしました。 これらの結果は、当初の計画にはない、今後の接合素子の評価に向けた重要な成果です。本課題の基盤となる研究を、1.スピン変換効率、2.原子置換の2方面から評価することに成功し、いずれの研究においても、学術雑誌へ投稿すべき重要な成果を得ていることを踏まえて、「当初の計画以上に進展している」を選択しました。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に行った研究により、原子層らせん磁性体CrNb3S6を用いた原子層接合素子の作製手法の確立や、近接効果により磁性体中を超伝導電流がトンネルしていることを示唆する結果を得ました。また、前年度に行った研究により、原子層磁性体Fe5GeTe2の磁気特性を、磁性相自身の温度依存性や他原子置換により変調可能であることを明らかにしました。 これらの結果は、本課題の目指す接合素子の実現に向けた大きな一歩となりました。 今後は、これらの結果を学術雑誌として国内外に発信するとともに、らせん磁性体の螺旋周期変調や、異種物質界面間でのジャロシンスキー・守谷相互作用の変調を利用した、原子層接合素子の作製に取り掛かります。一方で、原子層接合素子の品質は、接合界面の清浄性に大きく依存するため、しわや気泡のような界面に特有な不純物の影響を強く受けることが知られています。そのため本年度は、新たな装置を導入することで、原子層接合素子の作製機能の強化にも平行して取り組み、より歩留まりよく接合素子を作製する手法についても開拓を行っていきます。 令和5年度は、これまで行ってきた磁性薄膜の評価に関する研究成果と、現在新たに取り組んでいる原子層接合素子の作製技術の向上を組み合わせることで、よりシンプルかつ機能性の高い、超伝導電流の制御素子の実現を目指します。
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