研究課題
ヒトは,内受容感覚と外受容感覚を統合して様々な認知処理を行う.乳児は日常的に養育者と身体を接触させて相互作用する経験を蓄積する中で身体内部状態を安定させる.また,外受容感覚刺激と統合されることにより自他の身体表象や心的機能を創発させていくとみられる.本研究では,母子間での身体内部状態の同期の個人差とその発達的変化を多指標で評価し,行動表現系の多様性との関連を実証的に明らかにする.さらに,身体内部状態の同期の個人差を生み出す要因のうち腸内細菌叢に着目し,食生活習慣との関連を検討する.今年度の研究成果は,次の2点に大別される.一点目は,研究計画に記載の実験室調査を本格的に開始し,60組の6-9ヶ月時点のデータを蓄積することができた.二点目は,本研究の仮説を盤石にするため,腸内細菌叢の多様性が成人に近づき一旦安定を迎えると考えられる3-5歳時点の母子に焦点をあて,腸内細菌叢の横断データを計測・解析した.分析の結果,育児ストレスが高い群の母親は健常群の母親よりも腸内細菌叢の多様性が低く,主に酪酸産生に関連する腸内細菌が低下していることが明らかになった.特に初産で産後初期(生後半年以内)の母親に対象を絞った場合,産後初期の母親の心的レジリエンスは酪酸産生やエクオールの産生に関連する腸内細菌が関連していることが明らかになった.本成果は,査読つき国際誌「Communications Biology」に掲載された.さらに母親のうつ症状と身体状態,腸内細菌叢に関連する食生活習慣について,興味深い結果が得られた.質の高い日本食に特有の食品項目を摂取している母親において母親のうつ症状や身体症状に効果が見られ,さらに酪酸産生に関連する菌に有意な差が見られた.本成果は国内外での学会において発表を行い,査読付き国際誌で査読を受けている段階にある.
2: おおむね順調に進展している
研究計画に記載の3-5ヶ月時点と6-9ヶ月時点での二時点における縦断的な実験室調査について,医の倫理委員会の審査長期化やコロナウイルス感染症蔓延の影響により実施開始が遅れていたが,今年度本格的にデータ計測を開始し,60組の6-9ヶ月時点のデータを蓄積することができた.現在データを整理中であるが,母子の心電図(自律神経)の同時計測,唾液採取,ビデオカメラによる行動計測,腸内細菌叢の解析,視線計測課題のいずれも,綺麗にデータをとることができた.今年度も調査を継続するとともに,データの解析にも着手し始めることができている.さらに,本研究の仮説を盤石にするため,母親における腸内細菌叢―自律神経系―精神疾患の関連を調べた研究について,2本論文投稿に至ることができた.うち1本の論文は査読つき国際誌「Communications Biology」に掲載された.もう1本は査読つき国際誌「Nature Mental Health」で査読の最終段階にある.日本人のサンプルでかつ母親を対象に腸内細菌叢―自律神経―精神状態の関連を世界で初めて示すことができたこと,それに関わる食生活習慣の影響についても意義のある結果が得られたことは,重要な成果に値すると考えられる.
2024年度は,生後8ヶ月時点での乳児とその母親60名に1回目のデータ計測を行う.調査室での母子相互作用場面の観察に加え,母子の唾液採取,心電図計測(自律神経系の評価),視線計測課題,母親の身体状態や運動機能の評価を行う.さらに2回目の縦断データ計測(N=60)も実施する.2回目の調査では1回目の計測と同様の内容を行い,8ヶ月時点から18ヶ月時点にかけての変化を評価する.
投稿した論文が当初計画より早く論文掲載に至り,投稿料の支払いが発生したため次年度使用額が生じた.次年度も論文が掲載する見込みであるため,論文発表や学会発表等の成果発表に予算を使用する予定である.
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 4件、 招待講演 3件)
Communications Biology
巻: 7 ページ: 235
10.1038/s42003-024-05884-5
Microorganisms
巻: 11 ページ: 2245~2245
10.3390/microorganisms11092245