研究課題
本研究は極性層状金属BaMnX2(X=Sb, Bi)を対象に、(1)スピン・バレー結合状態の外部制御と、(2)それに起因した新奇輸送現象開拓を目的としたものである。本年度はまず目的(1)に対して一軸応力印加デバイス開発に取り組んだ。国内外の研究者に技術提供を受けデバイスを開発し、超伝導マグネットを用いた低温・磁場下での予備測定に成功した。また、一軸応力による電子状態制御に適した物質開発を目的にBaサイトをSrに置換した物質を合成した。東大物性研でのパルス強磁場測定からSr置換量に対する量子振動の変化を解明し、極性転移の化学制御に成功した。これと並行して、後半の目的(2)に対してBaMnX2の非相反伝導測定に取り組んだ。集積イオンビームを用いて微細加工した測定デバイスを用いることで、X=Sb, Biの両物質において電流・極性方向に依存した非相反伝導の観測に成功した。理論研究者と共同で、非相反伝導に対するスピン・バレー結合状態変化の影響を定性的に解明し、成果を日本物理学会で口頭発表した。現在論文投稿準備中である。さらに当初の計画に加えて、新奇トポロジカル反強磁性体EuMg2Bi2の開拓にも取り組んだ。MgBi層が歪んだハニカム格子を形成するため、Euの磁性と結合したトポロジカルな電子状態の実現が期待される。巨大異常ホール効果と量子振動の観測に成功し、第一原理計算との比較から異常ホール効果が磁場中で誘起されたワイル点に起因することを定量的に解明した。この成果はPhysical Review B誌にLetterとして掲載された。
1: 当初の計画以上に進展している
現在までの進捗状況は、(1)一軸応力デバイス開発と、(2)非相反伝導測定に大別される。(1)年度初旬に開発したデバイスは超伝導マグネット内のヘリウム雰囲気下で放電することなく正常に動作したものの、量子振動が観測可能な低温では動作能力が室温の1/10程度に著しく減少してしまった。国内外の専門家からの助言を受けデバイスのピエゾ素子を改良した結果、低温での能力減少を室温の1/3程度に抑制した新デバイスの開発に成功した。極性を持たない正方晶の類似物質EuMnBi2で予備測定を行った結果、一軸応力に依存した量子振動周波数の有意な変化の検出に成功し、本実験が可能な環境構築に成功した。また、BaサイトをSrに置換した物質を合成し、パルス強磁場下で量子振動測定を行った。振動周波数の変化からSr置換量に対する相図を作製し、極性―非極性の相境界近傍の組成を見出した。デバイス開発のみならず、一軸応力測定に物質を最適化することにも成功した。(2)BaMnX2の単結晶は複数の極性ドメインを含むため精密測定には極性方向をそろえる必要があるが、本研究ではデバイスの微細加工によってこの問題を解決した。特にX=BiはX=Sbに比べ結晶が劣化しやすく、微細加工用の薄片作製が困難であったが、新たな研磨法の開発により劣化を最小限に抑えた微細加工に成功した。その結果、当初の目的であったX=Sbに加え、X=Biでも非相反伝導の観測に成功した。さらに理論研究者との共同研究によって、スピン・バレー結合したディラック電子バンドにおける非相反伝導の発現メカニズムの理論的理解も深まり、当初の計画以上の進展が得られた。
次年度は(1)で開発したデバイスと物質を用いて一軸応力下測定を行う。予備測定の結果から、試料への測定端子の接触方法を工夫する必要が示唆された。スポット溶接や微細加工によるデバイス化など、これまで培った様々な手法を駆使して解決を試みる。また、一軸応力をさらに強力に印加可能な新規デバイスの開発も行う。これまでのデバイスの倍のピエゾ素子を搭載したデバイスを設計し、部品の外注業者と相談して作製を行う。測定内容に関して、まずは量子振動の一軸応力依存性測定を行う。振動周波数変化からスピン・バレー結合状態の変化を解明する。その後、一軸応力下での非相反伝導測定に挑戦し、巨大応答の観測を目指す。
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Physical Review B
巻: 107 ページ: L121112-1 - 7
10.1103/PhysRevB.107.L121112