本年度は、主としてこれまで実践的に行ってきた知的障害のある青年の参加する哲学対話のデータを踏まえて、研究成果の取りまとめを行った。 まず、哲学対話の記録を基に鯨岡峻のエピソード記述を参考にしたメタ分析を行い、知的障害のある主体の現れが対話を介して見られ、聞かれるという現象を抽出した。さらに、対話を通したコミュニティにおける関係性の変容について、アルフォンソ・リンギス、ジャック・ランシエール、及びガート・ビースタの言説において関連する「中断」概念をてがかりに生涯学習の過程として考察しつつ、理論的な「中断」そのものについて、現場における具体的な過程として描くことを試みた。なお、これらの研究成果の一部について10月、文部科学省障害者学習支援推進室による「超福祉の学校シンポジウム」において発表を行った。 研究期間全体を通じて主に知的障害のある人をとりまく支援と被支援の関係の中断について着目してきた。就労支援はまさに制度化された普遍性のある事例である。それらの関係の網の目において生じる、知的障害のある主体の代替不可能な現れと、それぞれの場を担う組織やそこで取り組まれる活動を構成する規範における代替への志向をめぐる葛藤は、たしかに共有された規範の「中断」の様相として捉え返すことができた。 しかし、本研究で対象とした場や試みは、あらかじめ知的障害のある主体の存在が十分に想定しているか、あるいは、知的障害のある主体の参加のための手続きを踏まえていた。したがって、よりインフォーマルな状況での障害をめぐる規範の「中断」についての検討が課題として残された。
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