最終年度である令和5年度は、以下で述べる3点の研究を実施した。 第1に、教育省出先機関である県教育事務局が官民の関係組織/人のネットワーク化を進める事例を分析した。その結果、官以外のアクターを教育政策領域の会議体に参入させることに加えて、政策領域ごとで「断片化」している行政機構をいかに「統合」的な体制へと編成し直すのかが課題とされていることが明らかになった。 第2に、1点目で述べた多職種・多機関連携型のネットワークによる「教育制度外」(いずれの教育機関にも就学していない状態)の子ども若者支援の実態分析である。具体的には、社会福祉の所轄官庁や内務行政の関連機関、そして様々な専門性を有する識者が教育行政機関と連携することで、子ども若者の輻輳した困難に対応している。これを各県で促進する事業として、「公正な教育のための基金」(EEF)のArea Based Education事業が位置づくことが分かった。 第3に、「教育制度内」(学校へ就学している状態)の子ども若者に対する学習機会の質的向上を企図した「教育革新地区」の制度実態である。これは県単位での申請により指定され、県内のパイロット校(特例校)における国家基準の特例措置が制度化されている。パイロット校では教育内容の弾力化に加え、小規模校や山間部ないし島嶼部にある学校は補助金の傾斜配分を受けることが明らかになった。 こうして本研究は、「2017年憲法」下のタイ地方教育制度改革において「協働ガバナンス」の発想が導入されつつあるものの、既存の権力作用を軸とした国家セクター主導の教育行政機構は「協働の調整者」として温存されていることを明らかにした。そうした基本的構造のもとで、画一的な行政機構に徐々に柔軟性が実装されはじめ、従前の体制よりもタイ各地の多様な実態に即した子ども若者の学習機会保障=教育制度のデザインを可能にしてきたと考えられる。
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