前年度は積層シクロブタジエンの合成に向けて有望な前駆体合成手法の開発に取り組む中で、シクロブタジエンコバルト錯体の簡便かつスケーラブルなヨード脱シリル化反応を見出し、つづく種々の変換反応により幾つかの誘導体を合成した。最終年度はシクロブタジエンコバルト錯体のライブラリーを増やしつつ、標的化合物群へとアプローチするために還元的脱メタル化反応を検討する中で、ボリル基を有する誘導体に関して興味深い知見を得た。これまでにシクロブタジエンコバルト錯体の還元において、中間体である一電子還元体の存在は示唆されてはいたものの、その観測および単離には至っていなかった。しかし、還元条件を適切に設定することで一電子還元体であるラジカルアニオン種の単離・単結晶X線構造解析に成功した。構造的特徴から本ラジカルアニオン錯体は還元に伴って金属中心が酸化されていることが示唆され、温度可変ESR測定もこの酸化還元挙動を支持するものであった。また、本ラジカルアニオン錯体の溶解度の低さから、本コバルト錯体群を中間体として用いる場合には、還元において過剰量のリチウムを用いる合成・精製上の都合から、還元体の炭化水素溶媒に対する溶解度の調整が非常に重要であることが示唆された。 以上、当初設定した標的分子群の合成には至らなかったが、ラジカルアニオン中間体の単離・構造解析を通してシクロブタジエン骨格における興味深い酸化還元特性を明らかにし、コバルト錯体を経由するシクロブタジエン類の新規合成法を用いる上での重要な知見を得た。これらの研究成果から、シクロブタジエン上に長鎖アルキル鎖等、炭化水素溶媒中での溶解度の向上に寄与しうる置換基を導入することで、標的分子群の合成が現実的なものとできると考えている。
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