クモの網は、動物が作り出す構造物の代表例である。網は、餌捕獲装置や生活の場として機能しており、クモの生息環境の多様化に強く結びついていると考えられてきた。申請者が注目したカラカラグモ科は、体長3mm以下の微小種からなるグループであり、網構造の多様化が顕著であるとされている。これらのクモは種によって森林や草地、湿地、洞窟など異なる生息環境を選好することが示唆されており、網形態と生息環境の関連性を探るうえで有用なグループであることが期待された。一方、当グループは世界的に分類学的整理が進んでいないという問題点もあった。そこで、カラカラグモ科における網形態の進化と生息環境の関連性を明らかにするために、基盤となる分類学的整理および生活史の解明を実施した。当初、日本産カラカラグモ科は3属5種が知られていたのみだったが、2022年度までに実施した分類学的研究により、1新属7新種3不明種を記載・発見し、国内には少なくとも5属15種のカラカラグモ科が生息していることが明らかになった。また、これらのクモは種間で微生息環境が明確に異なっており、従来知られていた森林に加え、草地、湿地水面、洞窟を好む種がそれぞれ発見された。さらに、各種の網形質や造網行動を検討したところ、生息環境間で形質に差異が見られることが明らかになった。例えば、湿地水面に生息する種は、網糸を水面に付着させるという行動を示し、この行動は森林性、草原性、洞窟性種においては確認されなかった。以上の結果から、カラカラグモ科においては微生息環境の多様化と網形質の特殊化が密接に関連していることが示唆された。今後は、2023年度に実施したカラカラグモ科における分子系統解析の整備を進展させ、当グループの系統関係を再構築するとともに、海外の種の情報も比較検討することで、網の進化史の全容を明らかにしていく予定である。
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