令和5年度はハインリッヒ・リッカートを政治思想の観点から解釈すること、南原繁の政治哲学の成立過程を解明すること、南原と尾高朝雄との関係について論文化すること、南原のカント解釈の現代的意義を明らかにすることに注力して研究を行った。 リッカートはこれまで政治思想の観点から解釈されたことはほぼなかったが、本研究では海外の研究を参照することでリッカートのナチス関与について新たな解釈を提示した。本研究ではこれまで指摘されてきた哲学界での主導権争いという要因だけでなく、リッカート哲学そのものにもナチズムを擁護する必然的な要素が含まれていたことを明らかにした。 南原の政治哲学の成立過程を解明することは、南原と尾高朝雄との関係について論文化する過程の中で研究した。本研究では南原の講義録を参照することで、これまで指摘されてこなかったリッカートの論文から南原は多大な影響を受けていたことが判明し、南原の価値哲学受容の一端を明らかにした。本研究の成果は『社会思想研究』に掲載予定である。 南原のカント解釈の現代的意義を明らかにすることについては、カント生誕300年を記念するシンポジウム「カントと21世紀の平和論」に合わせて研究された。南原の学術的デビュー論文はカントの永遠平和論の解釈であったが、これまで南原のカント解釈のどこに特徴があるかについて明確には指摘されてこなかった。本研究では、政治的公共体と倫理的公共体の取り扱いおよび「心的革命」への注目に南原のカント解釈の特徴を見いだし、それが南原の政治哲学の生成にも影響をあたえ、そして戦後の教育改革における南原の実践的行動を規定したことを指摘した。 研究機関全体の目標は20世紀初頭のドイツ哲学が南原繁を始めとする西洋政治思想研究に対して与えた影響を精査することにあった。以上のように各論点の研究は進んでいるもののそれらを統合するには至らなかった。
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