本研究では、腸内細菌の主要代謝産物である短鎖脂肪酸のバランス異常、特にプロピオン酸の大腸内増加がストレス負荷時に下痢症状を誘導することを見出し、その悪化メカニズムを細胞、分子レベルで解明することを目的とした。 前年度は、プロピオン酸が腸管運動を亢進させストレス性下痢症状増悪に働くことを示唆する結果とこの下痢症状悪化には上皮細胞のGPR41が関与していることを明らかにした。また、プロピオン酸濃度上昇はストレスホルモン産生に影響を与えず、中枢神経系と腸管神経系をつなぐ迷走神経切断もプロピオン酸による悪化作用に影響しなかったため、プロピオン酸による下痢症状悪化作用の原因は腸管にあると考えられた。 当該年度は、まず、セロトニンの影響を解析した。ストレス性下痢症状は腸管でのセロトニンの増加によるとされているため、2種のセロトニン受容体拮抗薬の投与実験を行ったところプロピオン酸の悪化作用が抑制された。一方で、大腸上皮細胞でのセロトニン合成系酵素の発現は変化していなかったことから、プロピオン酸はセロトニンへの応答性に影響していると推察された。 さらに、腸管GPR41シグナルが下痢症状悪化を誘導するメカニズムの解明を目的とし、責任細胞の同定を進めた。以前のデータより見出した細胞候補の欠損マウスでは有意に下痢症状のスコアが抑制されることを明らかにした。また、プロピオン酸混餌飼料によって腸管上皮細胞の構成は大きく変化しないが、GPR41発現細胞トランスクリプトーム解析ではGPR41の欠損により代謝系での発現変化が認められプロピオン酸が機能変化に寄与していることを示唆する結果を得た。本研究は、短鎖脂肪酸のバランス異常が腸管上皮細胞のGPR41を介して腸管運動能を亢進させストレス負荷時の下痢症状悪化を誘導することを明らかにした。この研究成果は過敏性腸症候群の病態解明へと発展する可能性がある。
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