研究課題
本年度は、主に現地から持ち帰った原虫凍結ストックからの耐性原虫株の確立、現地において定量RSA (qRSA)を用いた調査を実施した。凍結原虫ストックは、2018年ウガンダ採取サンプルを対象としアルテミシニン耐性原因責任遺伝子であるKech13の野生型、耐性であるA675V型、現在現地でマジョリティとなっているC469Y型、それぞれの培養を実施、最終的に野生型、変異型それぞれの培養クローン株化に成功した。耐性株のクローン化過程において、必ずしも得られるクローンは集団内のマジョリティではないという新たな知見を得た。変異型原虫において、現地サンプルでのKelch13遺伝子型は純粋な変異型であり、培養株化過程においても野生型の混入は一切見られなかったが、クローン化後得られた株の遺伝子型は5クローン中4クローンが野生型であり変異型は1クローンのみであった。おそらくシークエンス上ではほとんど検出されないKelch13野生型原虫がlimiting dilutionでのクローン化によって顕在化したと考えられる。ウガンダでの疫学調査は、既にART耐性が出現しているウガンダ北部における集団レベルでのアルテミシニン耐性の変化を明らかにするため実施した。qRSAを用いた調査によって104サンプルを得た。増殖不良や薬剤時間のミスなどがあったサンプルは除外し、67サンプルのデータを、in vivoアルテミシニン耐性出現以前である2014年-2015年のデータと比較した。その結果、耐性出現以前と出現後では集団全体のART耐性レベルは変化していないことが明らかになった。また、新たに現地において耐性型のマジョリティが初期に出現したA675V型からC469Y型に変化しているが、RSAレベルの耐性はC469Y型は野生型と変わらないという興味深い結果を得た。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究ではウガンダに出現したアルテミシニン耐性原虫の耐性責任遺伝子変異を明らかにすることを目的として実施している。ウガンダにおけるART耐性は、東南アジアとは独立に出現していることは既に明らかである (Ikeda et al. 2018, Balikagala et al 2021)。その耐性責任遺伝子は、in vivoでのアルテミシニン耐性が明らかになった2019年頃にKelch13のA675V型が主流となり、一方、初期にRSAで検出していたKelch13野生型のアルテミシニン耐性は現在ほぼ検出されていない。耐性化は東南アジアからの流入によらず、アフリカでも独立にKelch13の遺伝子変異が起こったことが明らかになった。さらにコロナ禍を経て実施した最新の調査では、Kelch13のマジョリティはA675VからC469Yに変化していることが明らかになった。しかし、現地で実施したqRSAの結果からはA675V型に比べC469Y型はアルテミシニンへの耐性が弱く、Kelch13野生型とほとんど変わらない表現型を示した。現地においてはC469Y型への置換が起こっていることから原虫の持つ弱い耐性は、ヒト体内や媒介蚊体内などへの適応によって保障されている可能性が示唆された。この事実はこれまでの薬剤耐性研究ではほとんど報告されてこなかった事象である。また、ウィルスやバクテリアの病原性では、ヒトへの感染は強毒株が徐々に弱毒化しヒトに蔓延しやすくなることが一般的であるが、薬剤耐性においても強耐性よりも弱耐性が拡散しやすいのか、今後の新たな薬剤耐性の展開として非常に有益な知見を得た。
ウガンダでの疫学調査によって明らかになってきたウガンダに出現しているアルテミシニン耐性原虫では、耐性レベルが野生型とほとんど変わらないC469Y型がマジョリティとなって拡散している状況が明らかになった。今後、ほとんどアルテミシニン感受性原虫と変わらないこの変異型原虫がウガンダにおいてどのように拡散するのか、拡散を助ける原虫側要因や蚊側、ヒト側要因について、ウガンダでの媒介蚊の調査や実験室での耐性原虫表現型解析、また耐性原虫における耐性化のためのバックグラウンド変異についても明らかにしていく。またフィールド株のクローン化過程において、最終的にクローン株として得られる原虫は親集団のマジョリティだけではなくマイノリティが得られることが明らかになった。得られた原虫を用いた表現解析を実施し、フィールドでの結果がクローン株においてどの程度再現できるのかを明らかにしていく。
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