研究課題
遺伝性疾患の10-20%を占めるナンセンス変異性疾患は、構造遺伝子中に未熟終止コドン(PTC)が生じ、機能を持たないタンパク質が生じるために発症する。このPTCを読み飛ばし(リードスルー)、機能をもつタンパク質を発現させるリードスルー薬がナンセンス変異性疾患の新たな治療戦略として注目を浴びている。ジペプチド様抗生物質(+)-ネガマイシン(1)は1970年に放線菌より単離同定され、リードスルー活性を有することが報告されている。これまで申請者は、(+)-ネガマイシン(1)を基盤とした構造活性相関研究を展開し、分子空間固定型ネガマイシン誘導体TCP-304(2)の開発に成功した。一方、ネガマイシン誘導体の標的分子は未解明であり、本創薬研究の課題となっている。そこで本研究ではTCP-304(2)を基盤とした創薬展開を継続するとともに、アフィニティビーズを用いたネガマイシン標的分子の同定を達成する。そして、標的分子の立体構造に基づいた論理的薬物設計により、さらに高いリードスルー活性を有する医薬品候補化合物の創製をめざす。令和3年度は、TCP-304(2)をリード化合物とした構造活性相関研究を実施した。その結果、TCP-304(2)の3位アミノ基部に2-アミノウンデカン酸を導入したTCP-306(3)がTCP-304(2)の2.5倍高いリードスルー活性を示すことが明らかとなった。本研究結果より、シクロプロパン環による分子固定と、3位アミノ基へのフレキシブルな脂肪鎖の修飾がリードスルー活性の向上に奏功することが示唆された。現在、本研究の成果をまとめた論文を執筆中である。
2: おおむね順調に進展している
令和3年度は、当初の研究計画に記載した通り、TCP-304(2)を基盤とした構造活性相関研究を実施した。その結果、TCP-304(2)の2.5倍高いリードスルー活性を有する新規誘導体TCP-306(3)の獲得に成功した。本活性は、高活性リードスルー化合物の一つであるアミノグリコシドG418の活性の約4倍であった。TCP-304(2)に着目した構造活性相関研究により、極めて高活性な誘導体の獲得に成功するとともに、リードスルー活性向上に有効な構造的情報を収集することができた。一方、ネガマイシン標的分子の同定を目的としたケミカルバイオロジー研究の遂行に向けて、化学合成が比較的簡便なネガマイシン誘導体TCP-112(4)を基盤とした光親和性プローブの合成にも着手した。TCP-112(4)の3位および5位アミノ基に光親和性官能基やビオチンなどのタグ分子を導入した化学プローブを合成し、前述のin vitro活性評価系にてリードスルー活性を算出した。その結果、4の5位アミノ基部にベンゾフェノンおよびビオチンを導入したプローブ(5)がネガマイシンと同等のリードスルー活性を有していることが明らかとなった。プローブ(5)をCOS-7細胞に添加し、UV照射による光標識後、細胞を破砕し、ストレプトアビジンビーズによるプルダウンアッセイにて標的タンパク質の同定を試みた。しかしながら、ネガマイシン化学プローブに由来する特異的なバンドは確認できず、標的分子の同定には至らなかった。後者の研究においては望ましい研究成果は得られなかったが、当初の研究計画に先立って実施した研究であり、今後の研究進展に重要な情報を得られたことから、研究は概ね順調に進展していると評価する。
光親和性プローブ(5)を用いたプルダウンアッセイにて特異的なバンドが得られなかった理由として、光親和性官能基やビオチンタグの導入により、標的への結合親和性が低下したことや、標的以外の非特異的な吸着が増加したことなどが考えられる。したがって現在、標的分子を捕捉する際の化学プローブ部分の構造を簡略化することで、結合親和性の低下を最小限に抑え、ビオチンなどのタグ分子を標的結合後に導入可能な新規プローブを合成中である。令和4年度は、当初の研究計画に記載の通り、アフィニティービーズを用いた標的分子の探索も実施する。具体的には、令和3年度に得られたTCP-304(2)の構造活性相関を参考に、誘導体構造中でアフィニティービーズへの固定化が可能な官能基を抽出し、誘導体固定化ビーズを合成する。これをCOS-7細胞破砕液と混合し、結合したタンパク質をSDS-PAGEにて分離後、銀染色によりバンドを検出する。誘導体に由来する特異的なバンドが検出できた際には、バンドを切り出し、酵素消化したのち、LC-MS/MS解析により標的分子を同定する。続いて、計算化学ソフトウェアを用いたドッキングシュミレーションにより、標的分子との詳細な結合部位・結合様式の解明をめざす。
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