研究課題
2022年度は、主に1940年代、火野葦平によるフィリピンでの宣撫活動に関する資料調査を行うとともに、1960年代の秋元松代の作品における〈フィリピン〉の表象について詳しく検討した。(1)火野葦平の文学活動・宣撫工作に関する調査では、フィリピン・マニラにあるFilipinas Heritage Libraryとフィリピン国立図書館にて資料調査をおこなった。ここでは、火野の既発表作品がフィリピンでの発行のためにアンソロジーとしてまとめられ、英語への翻訳とあわせて刊行されていた資料を発見した。また、火野を中心としたフィリピンに滞在した徴用作家たちと、フィリピン人作家たちの関係性(日本占領はフィリピンの文学者にどのように受け止められていたのか)に関する資料も多数入手できた。並行して、日本占領下のフィリピンで発行されていた雑誌「南十字星」や「新世紀(Bagong Araw)」といったメディアの調査も進行中である。(2)秋元松代「マニラ瑞穂記」(1964)という戯曲の同時代的な位置づけや、テクストの解釈について研究を進めた。その一部を日本文学協会の研究発表大会にて発表した。重要な視点として浮上したのは、明治期にフィリピンに渡った日本人女性、いわゆる「からゆきさん」の表象である。この言辞の分析を通して、1960年代の日本のナショナリズム批判においてはイメージ/表象としての〈フィリピン〉が重要な役割を果たしていたことを明らかにした。言い換えれば、〈フィリピン〉を描くことで日本の状況を説明しうるという関係があったのである。(3)上記に加え、アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校にて資料調査をおこなった。アメリカ統治時代のフィリピンにおける日記資料などを広く収集することができた。
3: やや遅れている
当初の計画では、秋元松代の「マニラ瑞穂記」に関する論文の執筆、火野葦平に関する資料調査だけでなく、明治期の作家が描いた〈フィリピン〉についても多角的に考察を進める予定であった。しかし、本年度は明治期の作品には着手することができなかった。「マニラ瑞穂記」という作品が提示する論点が幅広く、1つの研究成果として論文にまとめることに時間がかかってしまったためである。しかし、ここで提示された論点や問題系は1900年ごろから1940年前後へとわたる、作品の発表以前の長いタイムスケールにまで射程を持つものであったため、必ずしもこの「遅れ」がマイナスであるとは言えない。本年度にこの作品とその周辺言説に中心的に取り組むことで多くの論点・視点を得られたことから、2023年度の研究に大きく資する準備期間になり得たと考える。
今後は、以下の論点を考究する。(1)昨年度まで取り組んできた大石千代子、秋元松代という二人の女性作家に関する分析を巨視的な視点からまとめていく。これまでは個々の作品を独立的に論じてきたが、両者の作品を並置し、その上で他の男性作家が書いた〈フィリピン〉の表現と比較すると、フェミニズムと(ポスト)コロニアリズムの結節点から〈フィリピン〉というトポスの側面を明らかにできるものと思われる。(2)8月ごろには海外での研究調査を予定している。マニラにあるUniverstiy of the Philippines, Dilimanには、明治日本の文学者・末広鉄腸とフィリピン人の作家ホセ・リサールとの関わりを示す資料が所蔵されている。こうした諸資料の調査のため、フィリピンでの研究出張をおこないたい。その後は、資料調査を踏まえて作品分析へと発展させ、明治期の日本文学における〈フィリピン〉表象のありようを明らかにする。(3)昨年度の研究出張にて調査した火野葦平のフィリピンでの活動記録を参照しながら、火野葦平の描いた〈フィリピン〉の内実や、その表現方法についてより詳細に検討する。火野がフィリピンで発行に関わっていた雑誌「新世紀(Bagong Araw)」や「南十字星」の誌面の内容を調査することも併せておこなう。それによって、作品を独立させたテクストとして研究するだけでなく、メディア環境との関わりから火野の作品や文筆活動の意味を明らかにしていきたい。福岡県にある火野葦平資料館での調査も遂行予定である。(4)近代の日本文学作品における〈フィリピン〉のイメージに大きな影響を与えているといって良い、明治期の作品について、テクスト解釈ならびに同時代的・通史的な位置づけを探る。分析対象とするのは末広鉄腸、山田美妙、押川春浪の諸作品である。
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