2023年度の主な研究実績として、以下の3点があげられる。 (1)秋元松代の戯曲「マニラ瑞穂記」のテクストが、1900年前後のフィリピン独立革命と、日本の「明治百年」を重ねる機構を持つことを明らかにした。さらに、明治百年記念への批判的視点がフィリピンに渡った日本人娼婦のキャラクターたちから投げかけられることに注目し、明治期日本の海外進出を社会から疎外されていた女性たちの視点から捉え直す表現としてこれを再評価した。この研究成果を取りまとめた論文は査読付雑誌に採択された。 (2)上記の秋元と同様、大石千代子も1960年代初頭に、フィリピンに渡った日本人娼婦を題材にした小説を発表している。そこで、秋元と大石の戯曲・小説のテクストの比較分析を行ない、1960年代の日本/フィリピン/アメリカをめぐる冷戦構造と作品との関わりを検討した。両作品に描かれたフィリピンに生きる日本人の娼婦たちは、近代日本の発展にともなう植民地主義の犠牲者でありながら、フィリピンの人々にとっては侵略者としての側面を持つ。彼女たちのサバイブと加害性をどのように考えられるか、作品の比較検討から問い直し、一部の成果を国際学会で口頭発表を行なった。現在、研究成果を論文にとりまとめ中である。 (3)アジア太平洋戦争期、日本占領下フィリピンに徴用された火野葦平、三木清、石坂洋次郎、上田廣などが発行に関わった雑誌「新世紀(Bagong Araw)」や「陣中雑誌 南十字星」のバックナンバーを網羅的に調査した。成果発表として火野葦平資料館の坂口博氏とともに「陣中雑誌 南十字星」の復刻版+総目次の刊行プロジェクトに着手し、解題を執筆した(2024年内に刊行予定)。解題では、とりわけ「陣中雑誌 南十字星」に発表されたフィリピンの民話・伝説の日本語訳に焦点を当て、日本占領下フィリピンでのメディア環境の中での翻訳記事の位置づけを論じた。
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