研究課題/領域番号 |
21J21367
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
櫻田 裕紀 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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キーワード | デリダ / 脱構築 / 自己触発 / 声 / 自伝 / エクリチュール / 憑在論 |
研究実績の概要 |
本年度は当初の研究計画に従い、デリダの「声」の問題系のうち、とりわけ哲学の伝統的な「自己‐触発」論との関係から、その集中的な精査を行なった。この「触発(affection)」という語彙は、狭義には認識論(カント)ないし存在論(ハイデガー)の文脈で語られる概念であるが、デリダはこれを、より広い意味での「自己に触れる」根源的な契機・経験と解しており、例えばその構造の一つは、『声と現象』(1967)等の著作において、「自分が話すのを聞く」という形式をとる声の自己‐触発ないし自己‐聴取(自己の現前性を純粋に確認し措定する契機)として分析される。したがって本年度は、こうした60年代の初期著作から見られる〈声の自己‐触発〉というモチーフが、後のデリダの著作においていかなる形で深化されていったのかを、80年代以降の著作の読解を通じて分析を行なった。 この点に関する具体的な成果としては、上記の〈声の自己‐触発〉の問題と、80年代以降の著作で徐々に顕在化していくモチーフである「自伝(autobiographie)」との関係性を明瞭にすることが出来たことが挙げられる。『耳伝』や『異境』等のテクストを中心に、デリダはその時期から「自伝」を一種の「レシ」(物語=再‐引用=再‐駆動)という語彙を軸に論じていくが、そこでの議論の射程は単に文学ジャンルとしての「自伝」の問題にはとどまらない。むしろ自己(auto)の生(bio)を一種の「書き込み(graphie)」として捉えるデリダにおいて、その「自‐伝」構造は、初期からの一貫した「自己‐触発」論の延長とも言える、一種の主体の存在論(あるいは、そこに一種の「喪失」と「死」の経験を持ち込む「憑在論」)でもある。この点を、報告者はとりわけ『耳伝』等のテクストの読解を通じて明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、初期著作における〈声の自己‐触発(auto-affection)〉論の射程を「自伝(autobiographie)」論と交差させることによって、デリダの「声の思想」が、単に従来強調されてきたような狭義の現象学としてのフッサール批判や、西洋形而上学における「音声中心主義」批判という文脈だけにはとどまらず、のちの中期・後期著作で徐々に主題化されていく文学論や亡霊論、さらにはその後の歓待論やテクノロジー論へとも繋がる、一貫したモチーフとして位置付けうることを明確化できた点において、一定の成果をえることが出来たといえる(その成果は、『早稲田大学大学院文学研究科紀要(第67輯)』の論文掲載によって発表した)。 年度内の研究報告としては上記の論文一点にとどまったものの、報告者は本研究課題の一つである〈デリダの「声」のモチーフの発生史〉ついて、関連する先行研究(Edward Baring, The Young Derrida and French Philosophy,1945-1968)の書評を執筆した。その過程で、デリダの未刊行の草稿や講義録に関する情報を多数入手・精査することができ、その成果は、翌年度以降の研究遂行において確実に有益に作用すると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
報告者は、来年度9月よりフランス(パリ高等師範学校)における在外研究(研究指導委託)を予定しており、渡航に関わる諸々の準備や事務手続き等に割かれる時間を考慮すると、研究そのものは進むとはいえ、学会発表や論文報告の数としては、やや少なくなることが予想される。したがって次年度は、渡航前の上半期に現時点における研究成果の報告をある程度完了することに主眼を置き、渡航後はとりわけ資料調査の充実と博士論文完成に向けた執筆作業に専念する。とりわけ、現地では「現代出版資料研究所(IMEC)」(フランス、カーン)所蔵の「デリダ・アーカイブ」の調査を予定しており、未刊行の資料群など、本研究課題を進める上で重要な資料を入力できることが見込まれる。その成果の一部は、適宜翻訳や論文としてまとめ、可能な限り国内に紹介することを目指す。
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