本研究では、近代日本における演劇検閲の制度、そして実態について、通時的・全国的な視野から検討を行ってきた。その結果、本研究の調査によって発掘した史料によって、警視庁以外の地方警察による演劇検閲の運用などに関する多くの基礎的事実を明らかにし得た。また、それらの事実に基づき、さまざまな演劇ジャンルに対してなされた検閲を横断的に分析することで、各地方警察が演劇を検閲するうえで、その演劇の性格、上演場所、観客の性質などの要素を勘案した検閲判断を行うという「恣意的」な運用を必要不可欠なものとして確立し、実行していたことを明らかにした。それは、同じ脚本であっても状況によって上演の可否が左右されるという不統一な状況を生み出していたのであった。 そして、最終年度である今年度は、秋田市立土崎図書館において金子洋文所蔵検閲済脚本の調査などを中心に、昭和戦前期になされた演劇検閲と、それに対する演劇関係者の反対運動の調査、研究を行った。その成果として、演劇ジャンルによって検閲基準の寛厳を変える前述の「恣意的」な検閲の運用によって、演劇界内部にも検閲の実態をどのようにとらえ、何を問題とするかという点で、左翼演劇や商業演劇などの演劇ジャンルごとに差異が生じており、それに伴って異なる検閲批判の論理が存在していたことを明らかにした。そしてそのような状況が、検閲批判運動に参加している演劇関係者内部に断絶をもたらし、批判運動の団結を妨げる大きな要因となっていたことを明らかにした。
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