研究課題
我々はこれまでに、老化細胞ではDNA/RNAハイブリッドを選択的に分解する酵素であるRNase H2の酵素活性中心を持つサブユニットRNaseH2Aの発現が減少していることを見出している。しかし、老化細胞でなぜRNaseH2Aの遺伝子発現が低下するのか、その分子機構は不明であり、RNaseH2A発現制御機構も報告されていなかった。RNaseH2AによるSASP抑制効果を実証するために、siRNAを用いたノックダウン実験を行った。すると、RNaseH2Aをノックダウンすることで、正常細胞が老化細胞様の表現型を示すようになり、細胞質DNAの蓄積やSASP因子の発現上昇も観察されるようになった。このRNaseH2AノックダウンによるSASP因子の発現上昇は、既知の細胞質核酸センサーであるcGASやその下流で働くSTINGのノックダウンによって大きく抑制された。これらの結果から、老化細胞における細胞質DNAの産生機構として、RNaseH2Aの発現が低下することが重要であることが示唆された。次に、RNaseH2A発現低下による細胞質DNAの蓄積と、炎症性サイトカイン群の発現上昇が、がん細胞でも起こるかを検討した。大腸がん細胞株であるHCT116にオーキシンデグロンシステムを導入することで、植物ホルモンであるオーキシン処置依存的にRNaseH2Aが分解される細胞を用いて実験を行った。その結果、RNaseH2Aタンパク質がノックダウンされた細胞では、細胞質DNAの蓄積、炎症性サイトカイン群の発現上昇、並びに、浸潤能の上昇が観察された。以上の結果から、がん細胞におけるRNaseH2Aの発現低下は、炎症性サイトカイン群の発現を惹起し、がんの悪性化を助長する可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
昨年度までの研究結果に加え、今年度はRNaseH2AによるSASP抑制効果を様々な方法や実験系を用いて実証し、細胞の恒常性維持機構の重要性を明らかにした。さらに、この現象は正常細胞や老化細胞のみならず、がん細胞株でも同様に観察された。このことから、RNaseH2A発現の程度が、がんの悪性化に寄与する可能性を見出すことができ、これらの炎症性サイトカイン群の発現誘導機構が、新たながん治療法の応用に繋がることが期待される結果となった。これらの結果は2022年12月にCommunications Biology誌にて発表することができた。
本年は主に、マウスを用いたin vivoでの検証実験や、それらに必要な確認実験などを進めていく。受入研究室で所持しているがん細胞パネルを用いて、RNaseH2Aをノックダウンした際のDNA/RNAハイブリッドの蓄積やSASP因子の発現を比較する。また、がん研有明病院のがん患者由来の組織から樹立したオルガノイドを用いて、RNaseH2Aの発現量や酵素活性、DNA/RNAハイブリッドの蓄積、SASP因子の発現程度と、元となったがんの悪性度との相関が得られるかを検証する。更に、本研究課題の仮説をin vivoでも立証するために、RNaseH2Aのノックアウトマウスを作成する。RNaseH2Aの全身性ノックアウトマウスは胎生致死なので、タモキシフェン誘導性のコンディショナルノックアウトマウスを作製し、これらのマウスにSASPによる発がんモデル(Takahashi et al., Nature Commun., 2018)を応用して、RNaseH2Aの発現とがんの病態の因果関係を解明する。また、受入れ研究室で保有している細胞老化マーカー(p21、p16)のイメージングマウスと掛け合わせて経時的に観察することで、RNaseH2Aの細胞老化への影響を検証する。更に、本研究で明らかにしたDNA/RNAハイブリッド産生経路や核酸センサーを標的としたSASP制御方法を探索し、創薬に繋がる可能性を検討する。具体的には、DNA/RNAハイブリッド産生に重要な因子の阻害剤やDNA/RNAハイブリッドと核酸センサーの結合の阻害剤のスクリーニングやsiRNAによる制御方策の探索を試みる。また、本研究で開発した制御方法や化合物を発がんモデルマウスに応用することで、がんの制御が可能かどうかを検証する。
すべて 2022
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Communications Biology
巻: 5 ページ: -
10.1038/s42003-022-04369-7