本研究では,18-19世紀漢語・欧米諸語資料とスールー海域の現地語資料を比較関係に置きながら扱い,文化圏の異なる人びとがどのように意思疎通し,相手をどのように見ていたのかなど,海域アジアの相互交渉の一端を垣間見ようと試みた。おもに,1.スールーから18世紀中国にもたらされたアラビア文字表記のマレー語文書の形式,2.18世紀中国で作成されたスールーの対訳語彙集『華夷譯語』を分析した。 2023年度は,上記の『譯語』を取り上げた。日本社会科教育学会第73回全国研究大会,および2023年度東洋文庫談話会にて研究の成果の一部を口頭発表した(概要は,2024年度に東洋文庫発行予定の『東洋見聞録』やオンラインジャーナルModern Asian Studies Reviewに掲載される可能性あり)。日本社会科教育学会では『譯語』に記された漢語とアラビア文字表記を素材として,マレー語やアラビア語の借用語とその表記や地域・年代による表記の違いを示し,東南アジアにおけるアラビア文字表記の伝播と展開を広く眺め,大学における世界史教育の導入教材を作成・紹介した。東洋文庫で開催された談話会では,『譯語』の構成と概要を説明し,タウスグ語のアラビア文字表記の正書法と『譯語』のアラビア文字表記を比較し,一般的なアラビア文字表記には見られない使われ方をしている点を詳しく考察するとともに,『譯語』のアラビア文字表記と音訳漢字の関係にある規則性と例外などを明らかにした。今後は,諸先生方からいただいたご教示を踏まえ,加筆・修正し,論文に纏めて発表していく予定である。
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