本研究では,バランス能力が低下した個人の転倒回避動作をシミュレートし,予期せぬ外乱に対する転倒回避の成否を決定する筋力発揮/制御特性を明らかにすることを目指した.筋の最大等尺性張力,最大収縮速度および活性化メカニズムに関連するパラメータを個別に変更することが可能な筋骨格シミュレーションモデルを独自に構築した.これらのパラメータを個別に変化させた際の歩行動作をシミュレートし,歩行動作中のモデルの動的安定性を比較した.最大等尺性筋張力が低下したモデルにおいて身体重心の安定性を重視した歩行動作がシミュレートされ,転倒経験者が用いている歩行中の転倒回避戦略と類似した結果が得られた.このことから,外乱が身体に作用しない条件下においては,筋の最大筋張力の低下が身体の姿勢制御の主な阻害因子である可能性が示唆された.本年度は,予期せぬ外乱に対する反応的な姿勢制御の評価を可能にするシミュレーションモデルを構築した.昨年度までに構築した筋骨格モデルに対し,身体動作中の腱に生じる張力や筋の収縮速度などの体性感覚や,身体重心の位置および速度をフィードバックするモデルを新たに実装した.このことにより,予期せぬ外乱に対して反応的な転倒回避動作をシミュレートすることが可能となった.定常歩行などの能動的な身体運動条件下では,筋の最大筋張力が身体のバランス制御に大きく影響することが明らかになったが,外乱に対する反応的なバランス制御が要求される条件では,より素早く筋張力を発揮する際に必要となる最大筋収縮速度など筋力発揮特性が重要になると考えられる.今後は,これらの成果を実践的な運動介入プログラムなどに組み込み,バランス能力の向上や転倒予防につながる具体的な介入手法の開発に取り組んでいく.
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