本研究は、中世王朝物語独自の王権のあり方を、摂関家との関係性という視座から究明することを目指すもので、本年度は南北朝期成立と推定される現存本『海人の刈藻』を考察の対象とした。摂関家を出自としない人物が多数登場することから、本作は従来「按察大納言家の繁栄」が物語の主軸であると見なされてきたが、本研究ではその繁栄が摂関家の協力を得て達成されたものである点に着目し、中世王朝物語における王権と摂関家の描かれ方の特色を逆説的に探る試みを行った。 『海人の刈藻』では后妃と臣下の密通が描かれるものの、その事実が帝に露見してはおらず、事件の処理のなされ方、ならびに后妃の周辺人物の密通に対する意識が他王朝物語とは大きく異なる。このような視点から、密通に頻出する「宿世」「契り」の語の用いられ方について平安後期物語および他の中世王朝物語との比較調査を行った結果、本作における密通は「宿世」として捉えられていないとの結論に至った。次いで、按察大納言家と摂関家の紐帯により王権が安定的に継承されていく様を描くことに主眼が置かれている点も明らかにし、現在はそれらの成果の論文化に着手している。 従来、中世王朝物語においては、摂関家の子息を主人公に据えて摂関家の繁栄を描く〈摂関家物語〉の隆盛が見られる一方、「王権の継承」を焦点とする作品が減少したとの見方がなされてきた。しかしながら、院政期以降も天皇家が摂関家と密接に結びついていた歴史的背景は中世王朝物語内にも反映されており、個々の作品の読解を通じてそれを示した点が本研究全体の成果である。今後は調査対象作品を広げ研究していくことで、本研究課題の更なる深化を目指す。
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