研究課題
ATM、BRCA1、BRCA2は、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の代表的な原因遺伝子である。これらは全て、発がん性が非常に強いゲノム損傷(ゲノム二重鎖切断)を修復する主要経路の鍵遺伝子である。ゲノム切断の修復は、全ての増殖細胞で重要である。上記の遺伝子変異が、乳がん・卵巣がんの発がん率を臓器特異的に強く上昇させる分子機構は、全く不明であった。基課題では、ATMが、女性ホルモン(エストロゲン)暴露後にc-MYCがん遺伝子の転写制御領域(エンハンサー)に入るゲノム切断の速やかな修復を促進し、エストロゲン暴露後のc-MYCの過剰発現を抑制することが分かった。さらにAtm欠損マウスにおいて、エストロゲン投与後すぐに乳腺上皮細胞が異常に増殖することを見つけた。その後の発がんプロセスは未解明である。本研究の目的は2つである。(i)異常な細胞増殖から実際にがん化するまでのプロセスを調べる。(ii)女性ホルモン依存的に損傷を受けて変異が蓄積する、女性臓器特異的発がんエンハンサーを同定する。以上により女性臓器特異的な発がんプロセスを理解する。本年度は、マウスにエストロゲンを投与することで、乳癌の発癌を観察した。またエストロゲン暴露後に生じるゲノム切断地図を作成するため、米国メモリアルスローンケタリングがんセンター(ワイルコーネル医科大学が近くにある)に渡航し、ゲノム切断をゲノムワイドに検出する手法の改良を行った。さらにヒト乳癌の全ゲノムデータの解析を行った。次年度は、これらの研究をさらに進める。
2: おおむね順調に進展している
乳癌の発癌のプロセスを理解するための目的iにおいて、マウスの乳癌を観察する実験において、予備的結果と文献(PMID: 11694875)から、エストロゲンの投与群と陰性対照群(溶媒投与)の必要量(サンプルサイズ)は、20匹ずつと決定した。実験に必要なマウスを確保し、実験を行っている。目的iiのエストロゲン暴露後に生じるゲノム切断地図を作成では、エストロゲン暴露後のゲノム切断が、Top2酵素がゲノムの切断と再結合を繰り返してゲノム構造を変化させる際に生じることが分かっている(PNAS 2018, PMID: 30352856)。TOP2はゲノムを切断する際に、ゲノムの切断端に共有結合して、DNA切断-Top2複合体を形成する。本研究では、DNA切断-Top2β複合体を免疫沈降してTop2βに共有結合したDNAの配列解析をすることで、ゲノム切断箇所を高精度に決定する手法を開発している。DNA切断-Top2複合体の精製条件の最適化は既に完了しており、DNA切断-Top2β複合体を大量に生成するための条件検討をできている。目的iiのヒト乳癌の全ゲノムデータの解析では、ヒト乳癌の全ゲノムデータを取得し、乳癌のドライバー遺伝子周辺の変異を解析している。これらの結果は、来年度の研究の基盤になる。研究は、計画通り、順調に進展している。
今後は、目的iにおいて、マウスの乳癌の組織学的な解析を行う。具体的には、異形成の検出を行う。またエストロゲン受容体や他の腫瘍マーカー、がんの転移に関連する上皮間葉転換のマーカーを用いた免疫染色を行う。以上によりエストロゲン投与で早期に誘導されるがんの性質を明らかにする。目的iiのエストロゲン暴露後に生じるゲノム切断地図を作成では、DNA切断-Top2複合体を大量に精製する条件を検討する。本手法では、DNA切断-Top2β複合体を免疫沈降してTop2βに共有結合したDNAの配列解析をすることで、ゲノム切断箇所を高精度に決定できる。Top2に対するクロマチン免疫沈降の場合は、Top2のゲノム結合部位と触媒部位(=ゲノム切断部位)が異なる可能性を排除できない。そのためDNA切断-Top2β複合体の解析が有効である。ヒトの生体内でもエストロゲン暴露後に生じるエンハンサーのゲノム切断の修復が慢性的に遅れると、エンハンサーのゲノム切断箇所に変異が蓄積すると考えられる。目的iiのヒト乳癌の全ゲノムデータの解析では、この可能性をがんゲノムデータベースで確認する。以上により、女性ホルモン依存的に損傷を受けて変異が蓄積する、女性臓器特異的なドライバー変異を同定する基盤となるデータを得る。
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