研究実績の概要 |
前年度までの研究を通じて, 経済危機に関する理論研究を進め, 実証研究を継続してきた. また, 24年度に行った, 活動の見直しに基づき, 新たな視点の構築につとめた. 科学技術振興と市場高質化が危機脱却の両輪として機能するという認識に立ち, 複雑系システムを構築した. このシステムは今後の理論研究, 実証研究の基礎となるものである. さらに, 我が国の金融政策が金融危機後の経済回復の遅れの原因となっていることを明らかにするために, データ構築を開始した. 具体的な研究成果は以下のとおり. 1. 長期停滞からの脱却には, 資本市場の高質化が不可欠という視点で, JHPSデータやインターネット調査に基づき, 証券市場の質の指標化を行い, 有用性を確認した. 2. 市場高質化におけるエビデンス・ベース・ポリシーの役割を, 大恐慌後のアメリカ経済のダイナミックスの分析を通じて明らかにした. 危機生成メカニズムを政府の情報発信プロセスとして分析するための基礎となる, チープトークモデルを開発し, 情報のバイアスの決定要因を明らかにした. 3. 欧米と比べ2008年世界金融危機からの回復において, 日本経済が立ち遅れているのは金融政策に原因がある可能性があるという仮説を立て, その基礎的な検証を行った. 欧米と比べ中央銀行が景気回復に積極的でなかったことを自ら構築したデータに基づいて明らかにする端緒を作った. 5. 研究成果の国際交流に力をいれ, 若手研究者の海外での活動機会を増やした. 国際的な場で市場の質や複雑系研究を定着するために, 国際学術誌の編集制作を開始した. 6. 本研究の成果を社会に還元するため, 一般向けシンポジウムや啓蒙的な書物・論文の出版した. また, 旧来の情報発信メディアとインターネットという新しい情報発信メディアを複合的に利用し, 一般社会に対し本研究の視点の発信と定着に成果を上げた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
市場の質のような抽象概念を一般の人にも分かりやすく, 目に見える形で指標化するのは不可能だと思われてきた. 本研究では, この問題に取り組み, 市場の質の指標化に解決の糸口を見出すことに成功した. また, パネルデータ質問票を適切に構築することで, 証券市場の質のミクロ的指標を作ることにも成功した. この指標が経済学的に意味のあるものであることは, Fukahori and Yano(mimeo, 2015)やHagiwara and Yano(ongoing project)等で実証の過程にあり, 今後, 数多くの研究の基礎を作るものだと考えられる. また当初予期していなかった成果として, エビデンス・ベース・ポリシーが市場志向型の政策パラダイムの核だという見方に多くの賛同者を得た. 市場は人々の自発的意思決定の発揚の場なので, 政策担当者が直接手を下しても市場の高質化はできない. 本当に有効なのは, 数量的データに基づき政策設計と政策評価を行い, 自然とより良い市場の利用方法を定着させることである. こうした考え方に基づき, 単に本研究に参加する経済学者や法学者にとどまらず, 多くの異分野の社会科学者, さらには自然科学者の協力関係を築いていく基礎が形成された. さらに, この研究活動の一環として, 科学技術政策のあり方や政府の経済政策のあり方が現在の我が国の経済危機の原因をなしている可能性が明らかにされた.
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今後の研究の推進方策 |
引き続き, 本研究の目的として掲げたテーマに沿って, 研究活動を継続する. 同時に, これまでの活動を通じて新たに生まれたテーマ(市場の質の指標化による市場の質研究, 震災や原発事故を本研究の視点から分析, 現在進行中の主要な未公刊研究)に関する研究を完成する. 研究の締めくくりとして, 研究成果の国際的な浸透と一般社会への発信に向けた活動を強化する. 具体的には, 以下のような活動を行う. (1) 市場の質の複雑系研究は今後も強化, 推進していく. (2) 科学技術の開発ではなく, 利用に失敗したことがバブル崩壊後の長期停滞や原発事故の真因だということが, これまでの研究を通じて明らかにされた. この結果に基づき, 科学技術の利用における社会科学的知見の大切さを明らかにする. (3) 欧米と比べ, 我が国は金融危機からの脱却に手間取っている. その原因の一つとして, 金融政策のあり方が考えられるということが, 昨年度の研究を通じて明らかにされた. その検証に向けデータ構築を行い, 実証分析を継続する (4) データ構築は, エビデンス・ベース・ポリシー, エビデンスベース・ローといった考え方を定着させるためにも, 大切な仕事であり, マクロ経済, 証券市場, 法と政治意識, 教育, 災害や事故というテーマで継続する. データに基づく実証研究は特に力を入れて推進する. (5) 最近の調査(裁判員制度などの国民的支持基盤を解明するために行った訪問調査(留置法), 災害や事故, 市場の危機の状況における復興と救済のための法制度整備の基本情報となる調査, ヘイト・スピーチに関する調査)などの結果を整理・分析して, 採択後に発生した東日本大震災や原発事故についても, 複雑系理論の分析枠組みの根本的な再検討も含めて分析し, 情報発信を行う. (6) エビデンスベース・ローという考え方に基づいて, 立法事実アプローチの見地から, 市場危機, 災害・事故の予防, 救済, 復興の文脈における法システムの機能条件に関する調査研究を続ける. (7) 政府や企業に関する信頼の回復を念頭に, 繰り返しゲームの枠組みを発展させ, 経済活動と信頼形成の関係に関する研究を継続し, 政府情報のバイアスの形成過程や取引における信頼の役割の研究を完成させる. (8) 研究の最終年度に当たり, 海外のパネルデータ構築拠点との協力関係の形成を模索し, 今後のパネルデータ開発の基礎を作る.
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