研究課題
本研究では遺伝毒性のメカニズムをDNA損傷、突然変異、染色体のレベルで明らかにする新しい遺伝毒性試験の開発を目指している。DNA損傷に関しては我々が開発した「DNAアダクトーム法」を使ってヒトの胃で生じているDNA付加体を網羅的に解析したり、大気汚染物質3ニトロベンズアンスロンによる付加体の修復過程について解析した成果がまとまった。また、化学物質がサルモネラ菌に誘発する突然変異を次世代DNAシーケンサーを用いてゲノムワイドに検出する手法に関する研究がまとまった。これは、サルモネラ菌を試験物質に曝露後、コロニー単離し、次世代DNAシーケンサーで全ゲノム解析するだけという単純な方法である。さらに、ヒト細胞を用いた同様の研究も進めており、現在データを解析中である。この方法の良いところは、表現型による選択が不要で、変異の有無を確実に判定できる点である。学会発表したところ複数の製薬会社から注目を集めた。一方、「DNA損傷を介さない染色体異常誘発の分子ターゲット」を明らかにするため、タンパク質複合体解析、リン酸化プロテオーム変動解析などの手法で、染色体異常につながるタンパク質の挙動について、探索的なデータ収集を行っているが、その過程でいくつかの重要な発見があった。分担研究者の井倉らは、TIP60ヒストンアセチル化酵素がヒストンH2AXをアセチル化することによりリン酸化されたH2AXをクロマチンから放出させ、リン酸化されたH2AXによる集積を正常な染色体にまで拡散しないようにDNA損傷部位に限定させることを見出した。また、代表者の松田らは、ピルビン酸キナーゼM2がアセチル化の基質であるアセチル補酵素Aの核内における供給に重要な役割を果たしていることを明らかにした。これらの成果は現在投稿準備中である。
2: おおむね順調に進展している
染色体異常に関連するタンパク質複合体解析を順調に進め、その過程で「研究実績の概要」で述べたような予想以上の研究の進展がみられた。さらに、次世代DNAシーケンサーを用いた突然変異検出法についても成果がまとまりつつあり、これも予想以上の進展と言える。また、この2年間で導入した、次世代DNAシーケンサー、タイムラプス蛍光顕微鏡を用いた、様々な解析技術について習熟し、解析に必要な様々な細胞材料の準備等も着々と進めており、来年度以降のさらなる研究の加速が期待できる。一方、申請書に記載した「DNAアダクトーム法の高感度化」については、次世代DNAシーケンサーとタイムラプス蛍光顕微鏡の導入を優先したため、最新鋭のLC/MS/MSの導入が遅れており、まだ達成できていない。しかし、これも平成25年度の早期に導入すべく機種選定をすすめている。研究代表者はLC/MS/MSの分析に習熟しており、これが導入されれば、速やかに「DNAアダクトーム法の高感度化」を達成できると確信している。
①DNAアダクトームの高感度化: LC/MS/MSの最新機種を導入し、分析の高感度化、省力化を進める。昨年までの予備検討により、感度は数十倍に、分析時間は約10分の1にできると期待している。これにより、DNAアダクトームの実用化、普及に弾みをつけたい。②世代DNAシーケンサーを用いた突然変異検出法の開発: 開発したこの手法を実用的なものにするためのプロトコールを詰めていく研究を行う。また、ヒト培養細胞を使った同様の解析も進めており、すみやかに成果をまとめる予定である。③染色体に関連する重要なタンパク質の複合体解析: 引き続き、染色体に関連する重要なタンパク質の複合体解析をおこなう。今までにDNA修復酵素の複合体解析はあらかた終了した。今後はノックダウンすると染色体異常を誘発することが報告されているいくつかのタンパク質について複合体解析を行う。また、これまでの研究で、我々はPKM2の複合体がヒストンアセチル化に重要な役割を果していることを明らかにしたが、今後はこの複合体が染色体異常にかかわるのかどうか明らかにしていく。④DNA損傷性、染色体異常誘発化学物質の作用機序の分類: 染色体異常を引き起こすメカニズムが比較的よくわかっている化学物質数種類について、タイムラプス蛍光顕微鏡をもちいて、細胞分裂の挙動および染色体の形態について観察を行う。画像データから得られる膨大な情報を整理・数値化する。また、最新鋭のLC/MS/MSを用いて染色体代謝に重要な複数のタンパク質や代謝産物を網羅的に定量する系を構築し、化学物質曝露によるこれらの変動のデータを得る。こうして得られる膨大なデータから、いくつかの統計学的手法を用いて染色体異常誘発作用機序の分類とその検出方法の解明を試みる。
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