研究課題/領域番号 |
23229008
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
井上 和秀 九州大学, 薬学研究科(研究院), 教授 (80124379)
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研究分担者 |
齊藤 秀俊 九州大学, 薬学研究科(研究院), 准教授 (90444794)
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研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 神経障害性疼痛 / アストロサイト / ミクログリア / グリア神経相互作用 / 転写制御因子 |
研究実績の概要 |
脊髄後角アストロサイトの機能解明のため、脊髄アストロサイト特異的遺伝子導入法の確立を試みた。脳アストロサイトへの指向性が高いと報告されているアデノ随伴ウイルスベクターを作製し、椎弓(椎骨の一部で、椎体の両側から後方に出ている橋状の部分)にある極めて小さな間隙からマウス腰髄実質内にシリンジを導入しこのベクターを投与したところ、脊髄後角アストロサイト特異的に目的遺伝子が導入されることが確認された。また、この方法は椎弓切除を必要とせず、炎症反応・グリオーシス・神経細胞の脱落などを伴わない低侵襲的な優れた方法であることが明らかとなった。これを用いて、脊髄アストロサイト特異的にドミナントネガティブSTAT3を遺伝子導入したところ、末梢神経損傷後におけるアロディニアは、神経損傷後10日目から14日目にかけて有意に抑制された。また神経損傷に伴うアストロサイト関連遺伝子の発現増加が著明に抑制された。この結果はアストロサイト特異的STAT3欠損マウス(GFAP-Cre/STAT3f/f) と同様の結果を示したことから、脊髄アストロサイトSTAT3シグナルが神経障害性疼痛維持に特異的に関与していることがさらに支持された。
独自に設計した生体インプラントチャンバーを利用したin vivo 脊髄イメージング法の確立にも成功した。この方法とアデノ随伴ウイルスベクターによるカルシウム感受性タンパク発現系を組み合わせ、末梢侵害刺激に応じた脊髄後角アストロサイトのCa2+応答を見出した。また、切片標本の脊髄神経C線維を電極刺激したところ、脊髄表層アストロサイトのCa2+応答を観察することができた。さらに、脊髄後角アストロサイトへと伝達される侵害シグナルはTRPV1陽性神経線維を経て、アストロサイトのIP3R2を介したものであることが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々は、神経障害性疼痛の発症メカニズム解明を目的とし、アストロサイトの活性化メカニズムと神経障害性疼痛における役割解明を基軸とし、ミクログリアとの相互関係を横軸としてこれまで検討を進めてきた。その結果、①アストロサイトSTAT3シグナルは神経損傷後のミクログリアの活性化には影響を及ぼさずに、活性化型アストロサイト関連遺伝子の発現制御を介して主に神経障害性疼痛の維持機構に関与していること、②神経障害性疼痛のアロディニア発現の時間経過に呼応してケモカインCCL3とその受容体CCR5が発現増加し、CCL3の中和抗体およびCCR5阻害剤Maraviroc(抗エイズ薬)がアロディニアを抑制されること、③神経障害後、非常に早期にマイクロRNAの一種であるmiR-152の発現低下が起こり、また転写因子MafBが脊髄ミクログリアで増加し特定分子群の発現増加を促し神経障害性疼痛に関与することを明らかとしてきた。さらに、脊髄グリア細胞の機能解明を進展させるために、脊髄実質内限局的直接投与法および脊髄in vivoイメージング技術を確立した。現在、これらの新たな技術、電気生理学的手法、および各種遺伝子改変マウスを駆使することで、当初の研究目標である発症・維持・正常回帰プロセスのメカニズム解明研究が深度を増して進行している。さらに、驚くべきことに、正常時の痛み伝達に脊髄アストロサイトが関与することも明らかとなってきている。このような技術をすべて保持している研究チームは世界的にも少なく、平成27年度は更なる向上が期待できる。
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今後の研究の推進方策 |
神経障害性疼痛におけるアストロサイトSTAT3シグナルの解明のために脊髄アストロサイト特異的な遺伝子操作の技術開発に取り組み、非常に侵襲性の低い脊髄実質内投与法を開発した。最終年度は、この技術を用いてアストロサイトに恒常的活性化型STAT3およびSTAT3のドミナントネガティブ体を遺伝子導入し、疼痛行動および炎症性メディエーターの発現変化における脊髄アストロサイトSTAT3シグナルの機能を明確にする。正常動物の脊髄in vivoイメージング技術を用いた検討から、侵害刺激に対して脊髄後角アストロサイトのCa2+応答が引き起こされることを見出し、このCa2+応答がTRPV1陽性神経を介し、アストロサイトのIP3R2を介したものであることを明らかにした。そこで、最終年度は各種阻害剤を用いて侵害刺激のメディエーターを特定する。また、DREADDを用いて脊髄アストロサイト特異的にCa2+応答を制御する実験系を確立し、さらに、Lamina特異的なプロモーターを組み込んだウイルスベクターを処置することにより、Lamina各層特異的にアストロサイトを機能制御する技術とする。これを用いて、正常時および病態時において脊髄後角アストロサイトCa2+応答が痛み伝達へ及ぼす影響について検討する。神経損傷後早期に発現低下するmiR-152とミクログリアで発現増加してくる転写因子MafBについて、培養細胞レベルではmiR-152を強制発現することでMafBのタンパク質が発現増加することを明らかとした。そこで最終年度は、脊髄組織の単離細胞から得られる微小RNAサンプルの解析を進め、実際に脊髄組織で同様のメカニズムを介して発現変化が起きているのか否かについて検討し、かつ、損傷早期における転写因子の発現増加機序を明らかとする。
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