研究概要 |
私共は,運動強度を自由に調節できるトレッドミルを利用した独自の走運動ストレスモデルを開発・利用し,低強度(<LT)で2~6週間(最低2週間で可)の運動トレーニングが海馬神経新生を増強する一方,中・高強度(>LT)運動ではむしろ低下が起こることを証明したが,そのメカニズムは未だ明らかとなっていない.近年,グリアの一種であるアストロサイトから分泌されるWntタンパク質の分泌と作用を通じて神経幹細胞から神経の分化に決定的役割を演ずるとする仮説が提唱され(Gage教授と研究分担者の桑原ら、Nat Neurosci,2009),アストロサイトが低強度運動誘発性の神経新生に対し,主要な役割を担っていることが想定される.そこで,平成23年度はマウスを用い,LTを基準とした異なる強度で2週間の走運動トレーニングを課し,低強度運動がアストロサイトの増殖を促し,神経新生に促進的に作用するかWnt-3aタンパク質発現などから検討した.その結果,海馬歯状回アストロサイト数および新生アストロサイト数は各群問いずれの部位においても有意な差はみられなかった.一方,低強度運動は神経分化を促すアストロサイトのWnt3発現を高めることを明らかにした(FASEB,2011).アストロサイトは活性化することで神経栄養因子の産生や分泌を促進し,神経細胞に作用することが想定されるので,2週間の走運動トレーニングはアストロサイト数の増加ではなく活性化(viability)を促すことで神経新生の促進している可能性がある.アストロサイトが分泌するWnt3はWnt-βカテニン経路を介して神経幹細胞の神経細胞分化を抑制している遺伝子の抑制を解除する(脱抑制)ことから,運動で活性化したアストロサイトが神経細胞や神経幹細胞に対して神経栄養因子を介した神経栄養的役割を担っていることが強く示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究計画通りに実験を実施し,神経新生を促進する低強度運動がアストロサイトのWnt3発現を高めることを明らかにした.Wnt3を神経幹細胞から神経への分化を促す因子であることから,本研究の知見は低強度運動が神経新生を高める機構解明につながることが期待される.また,これらの研究成果は既にFASEB journalに投稿し,受理されている(Okamoto et al,2011)ため.
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今後の研究の推進方策 |
平成23年度の研究成果から,神経分化を調節するWnt3が低強度運動誘発性の神経新生において重要な役割を担うことが示唆された.そこで今後の推進方策として,アストロサイトから分泌されるWnt3の発現制御をより詳細に検証するために,成熟神経細胞幹細胞培養系の確立を目指す.前年度実績から,海馬グルココルチコイドやアンドロゲンが神経新生を促進することが示されており,樹立した培養系を用い,これらステロイドホルモンとWnt3の関係性について検証するIn vivo実験では低強度運動海馬グルココルチコイドやアンドロゲンを高めるかどうか,LC-MS質量分析計を用いて測定し,神経新生を促進する機構解明に迫る.
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