最終年度として、関根は代表者として、ロンドン、モスクワ、東京でのフィールドワークとともに、研究の総合化のためにメンバーとの課題を詰める討議を行った。特に阿部年晴氏と後背地論と後述の「根源的ストリート化」との深い関係を議論した。また、インド社会の被差別階層の差別解放運動に取り組んだB.R.アンベードカルの生き様に詳しい根本氏、志賀氏を交えて知見を広げた。差別解放運動における当事者性と、ストリート的なるものとの深い関係を認め、「ネオリベラリズム的ストリート化」に抗する「根源的ストリート化」という観点を意識化する基盤を与えられた。関根はまた「ネオリベ的ストリート化」の進行の実証のために、東京において<公園のストリート化>という現象に注目し観察した。公的空間の管理化は確実に強化されて、ストリートもストリート化した公園もマイク・デイヴィスの言葉を借りれば「殺されている」。それでもホームから棄民された人々はすぐには死ねない。公園でもなくストリートでもない隙間で過酷な生の日々が闘われているということが明らかとなった。 連携研究者と研究協力者として、小田と村松は、東日本大震災の被災民の仮設住宅暮らしから住宅再建・生活創造を調査し、個別住宅を人間が生きられる場に変える新たな共同性の生成を事例的に探究した。そこにストリートウィズダムが認められる。内藤はスペインで、他者のいる非日常の場所が移動と定住の間の交流を産むこと、つまり聖地とはそういうトポスであることを実証的に考察した。朝日は、グローバル化の時代状況でどこでも展開する地域の観光化という外に開くフローも、その土地の歴史的に培った自立性と相関で、受け止め方が異なることを把握した。
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