研究課題
電気通信大学において研究分担者・中村信行が開発し,小型電子ビームイオントラップからの発光を用いて性能を確認した斜入射型分光器を首都大学東京に移設し,多価イオン衝突チェンバーからの発光が観測できる位置に接続を行った。実際に,電子サイクロトロン共鳴型イオン源によって生成した多価イオンビームと希薄な標的気体との衝突に伴って発光する極端紫外領域(5-20 nm)におけるスペクトルの観測に成功した。その成果の一部については2013年11月の原子衝突学会年会において報告を行っている。もう一人の研究分担者・岡田邦宏が上智大学において開発したキングドン型イオントラップの性能評価を詳細に行い,その結果を日本物理学会秋季大会・年次大会,および原子衝突学会年会において報告している。性能評価が完了したため,装置本体を首都大学東京に移設し,ビームラインの最下流に接続した。首都大学東京では研究代表者である田沼肇が,斜入射型分光器とシリコンドリフト型半導体検出器によるマジック角からの同時測定を可能にする衝突分光観測装置を完成させ,電荷移行断面積の絶対値を測定するための装置とイオンビームを切り替えることで,軟X線領域における発光スペクトルの測定および発光断面積の絶対値測定を実施するとともに,一電子移行反応の断面積との比較を可能にした。まだ,予備的な結果であるが,水素様イオンの一電子捕獲によって生成するヘリウム様イオンからの光学的許容遷移の発光断面積は,一電子捕獲断面積の約4分の1程度であり,統計重率に従って一重項と三重項が1:3の比率で生成することが初めて示唆された。このような定量的な実験的観測はこれまでに例がなく,禁制遷移の直接的観測という最終的な目的以外にも,原子衝突物理学においてインパクトを残せる成果が出て来ていると言える。
2: おおむね順調に進展している
本研究で分担者の所属する電気通信大学および上智大学において開発を計画した斜入射型分光器およびキングドン型イオントラップはともに予定通りに2年間で完成し,3年目にそれぞれの開発場所において装置特性の評価も完了している。予定通り,3年目の途中には首都大学東京に移設され,電子サイクロトロン共鳴型イオン源を中心にした多価イオン衝突実験用ビームラインへの接続もほぼ完了した。斜入射分光器については,このビームラインにおいて多価イオンと希薄気体の電荷移行衝突に伴った発光スペクトルの観測に既に成功しており,ほぼ設計値に近い波長分解能も達成されている。イオントラップについては,首都大でのイオン蓄積性能確認実験はまだ完了していないが,平成26年4月中に実際のイオン蓄積実験が開始できる予定で準備作業が順調に進行しており,最終的な目的である禁制遷移の観測に向けての準備は着実に進んでいる。
全ての装置が首都大学東京の多価イオン衝突ビームラインに接続されたので,今年度は太陽風に含まれている酸素や炭素の水素様多価イオンを希薄な中性気体と実際の太陽風と同程度の速度で衝突させ,電荷移行反応によって生成する励起状態からの軟X線領域における光学的許容遷移と禁制遷移のスペクトルの観測とそれぞれの発光断面積の測定が可能になった。測定可能なイオン種と標的気体の種類をできるだけ増やしながら,衝突速度については太陽風速度である200-900 km/sより広い範囲をカバーするようにして,系統的なデータ取得を目指していく。一方で,X線観測衛星による発光スペクトルの観測結果から,太陽風や恒星風および宇宙空間の希薄な中性物質に関する情報を得るには,X線天文学における具体的な観測例を検討し,その解析に必要と思われる測定データを整備していくことが必要である。そのため,連携研究者との連絡をこれ以上に密にして「Suzaku」などX線観測衛星の観測データの解析状況についても調査検討していく。
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Physiica Scripta
巻: T156 ページ: 014002
10.1088/0031-8949/2013/T156/014002