上智大学において研究分担者・岡田邦宏が中心となって開発し,上智大学にある小型多価イオン源を用いて性能評価を終えたキングドン型イオントラップを首都大学東京に移設して,より強力な電子サイクロトロン共鳴型多価イオン源を備えたビームラインに接続した。異なる環境でのイオン蓄積性能の確認のために,上智大学でも用いた6価の酸素原子イオンについての蓄積実験を行い,移設による分解・再組立作業による影響はなく,イオントラップとしての装置性能に問題がないことを明確にした。一連のイオントラップ実験では,残留ガスとの電荷交換反応によって価数の低いイオンが生成することが判明したため,蓄積イオン量の減少から直ちに求められる反応速度定数と軌道シミュレーションによって求めたイオンの速度分布を用いて電荷交換断面積を求め,従来の報告値や簡単な理論による予測値と良く一致することを見出した。そして,これらの結果をまとめて論文として発表した。 これまでに首都大学東京において窓無しのシリコンドリフト型X線検出器を用いて測定してきた短寿命の共鳴線の発光断面積と,追い返し法によって測定した移行電離(二電子捕獲の直後に一電子が多価イオンから放出されて結果的に価数が一つだけ低下する過程)を含む一電子捕獲断面積の関係を整理した。両者の差は発光寿命の長い禁制遷移および異重項間遷移の発光断面積に対応すると考えてきたが,慎重に吟味すると共鳴線強度が電子スピンについて統計重率を仮定した場合より著しく小さいことが判明した。このような傾向は水素原子を衝突標的にした最近の理論的な予想と合致するものではあるが,観測衛星によるX線スペクトルの定量的な解析に大きな影響を与えるため,さらに精度の高い測定が必要であることが判った。
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